オスマン・サンコンの大阪愛…「同じ昭和24年生まれの大親友」やしきたかじんさんが♪やっぱ好きやねん

スポーツ報知
大阪への愛を語ったオスマン・サンコン

■インタビューその1コン♪ ギニア大使館顧問でタレントのオスマン・サンコン(73)が熱い「大阪愛」を語った。外交官として極東の島国へと赴き、今年で来日50周年。かつてナニワを席巻したあのエンターテイナーとの友情を打ち明けた。(取材・構成=田中 昌宏)

 ―なぜか大阪が大好きだとか。

 「大阪大好きです。関西人と僕、なんか似てるなーってね。えっへっへ。明るくてひょうきんでおしゃべり。そしてボケる。僕もともとボケなんで」

 ―もともとボケ。確かにギニアの「ボケ州」出身ですね。

 「『笑っていいとも!』でレギュラーだった時からボケ扱い。えっへっへ。それに大阪には亡くなった僕の大親友がいたの。あのー、歌手の友達。そう…ええっと、何て名前だっけ?」

 ―それもボケですか?

 「えっへっへ。ヤシキ! そう、やしきたかじんさん。同い年なんですよ。昭和24年(1949年)生まれ」

 ―「昭和」っていうのがいいですね。

 「大阪でいろんな番組に出してもらってね。(読売テレビ系トーク番組)『たかじんnoばぁ~』に(準)レギュラーで出てたんです。それとABCテレビの番組。いろんな人をどっかに行かせて探させるVTRを見て、僕はコメンテーター。ほら、(芸能界を)やめたカミオカの…」

 ―上岡龍太郎さん。「探偵!ナイトスクープ」ですね。顧問で出演されてましたね。

 「そうそう。ナイトスクープ。今はダウンタウンの浜ちゃんがやってるね。あれも(準)レギュラーだったの」

 ―浜ちゃん…。

 「えっへっへ。たまに僕、訳の分からないコメントするから、それで番組を明るくするために呼ばれてたんじゃないかな。きのうもね、銀座へ行って、たかじんさんの歌を歌いました。『あんた』『やっぱ好きやねん』。ホント歌う時ね、思い出して涙出そうになりますよ。たかじんさん一度、東京に出た(進出した)んですよ。その時も『サンコンさん、よろしくね』って言ってくれて。でもすぐ『やっぱし東京あわへんなあ』って大阪に戻ったの」

 ―不思議とサンコンさんの大阪弁、違和感ゼロですね。

 「たかじんさんが亡くなった時(2014年)、ショックでした。はっきり言って人のことを褒めない。ボロクソ言うんですよ。でも非常にハートはキレイ。(人への悪い感情を)キープしないんだから。言っちゃったら終わり。だからみんな仲良くしてたんじゃない?」

 ―「ガオー」「バキューン」だらけでしたね。

 「だから僕、毎週必ず大阪行ってましたよ。大相撲も大阪場所、必ず行きますよ。千秋楽、尾車親方(元大関・琴風)の打ち上げで司会するの。それに大阪とギニアは似てますね。(人々が)全く何も考えてないとことか。えっへっへ。全然知らない人がすぐ声かけてくるもんね。それに街にプライド持ってる。大阪の友人は『東京にもニホンバシがあるけど、大阪のニッポンバシの方が先なんや。ホンマやで~』って」

 ―実際は東京の日本橋が1603年の架橋。大阪の日本橋は1619年みたいです。

 「今は東京で会っても『この人、関西の人だな』って一発で分かります。普通は(地方出身者は)恥ずかしいから(方言を)出さない。でも関西の人は関西弁出すんですね。それがもう大好きで。それに大阪のあいさつ、朝から『もうかりまっか?』でしょ。この人たち、経済や商売のことしか考えてない。えっへっへ」

(インタビューその2コン「オスマン・サンコンの夫婦愛」につづく)

 ◆オスマン・サンコン(Ousmane Youla Sankhon)1949年3月11日、フランス領ギニア(現ギニア共和国)ボケ州ボッファ生まれ。73歳。コナクリ大、仏ソルボンヌ大を経て72年ギニア外務省入省。同年開設の駐日ギニア大使館員として初来日。米国赴任を経て84年に外務省を休職して再来日。フジテレビ系「笑っていいとも!」出演をきっかけにタレントとして活躍。2017年に旭日双光章授章。18年に第3夫人としてグラビア演歌歌手の北山みつき(54)と結婚。20年に日本ギニア友好協会を設立。ギニアに「サンコン小学校」を設立するなどボランティア活動を行っている。現職はギニア大使館顧問。身長162センチ。

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