元松鳳山が引退会見 第2の人生の夢は食でアスリートをサポート 起業の可能性も「苦労する人の力に」

スポーツ報知
サプライスで登場し引退会見を行った松鳳山(左)に激励の花束を贈呈する入門時の師匠の荒磯親方(元大関・若嶋津)。右奥はみづえ夫人(代表撮影)

 今月22日に日本相撲協会へ引退届けを提出した元小結・松鳳山(放駒、本名・松谷裕也)が28日、東京・両国国技館内で引退会見を行った。駒大を経て2006年春場所に当時の松ケ根部屋から初土俵。三役に5場所在位し、殊勲賞1回、敢闘賞3回。金星は5個獲得した。5月の夏場所では東十両12枚目で3勝12敗に終わり、名古屋場所(7月10日初日・ドルフィンズアリーナ)での西幕下5枚目が最後の番付となった。

 松鳳山は現在の心境を問われると「すごくすっきりした気持ちです」と晴れやかな笑顔を見せた。引退を決めたのは夏場所14日目の千代の国戦。激しい相撲の末に突き落としで敗れ、「相撲を取り終わったときに自分の中ですっきりしたやりきった気持ちがあって。でもまだ場所も終わってないし、もう1回気持ちを入れて千秋楽に臨んだんですけど、それもダメだったので。負けてしまったんですけど、そこからやろうかなと思えなくて、自分の中で終わったなあ、という気持ちでしたね」と当時の胸の内を明かした。

 夏場所千秋楽翌日には師匠の放駒親方(元関脇・玉乃島)と今後の話し合いの場を持った。師匠は「7月も(幕下)1ケタの番付だし、頑張れという気持ちもあったが、本人が『相撲を取るのが怖くなりました』と。聞いたときに俺もそうだったと思い出しまして。そういう気持ちで取らせること自体がかわいそうだし、本人にも失礼だと思って」と明かした。松鳳山によると、千秋楽の取組のために支度部屋に出た瞬間に恐怖感が出てきたのだという。

 16年間の現役人生を振り返り「お相撲さんでいることを常に意識しながらの16年間だったが、すごくいい相撲人生だったと思います。いろんな人に支えられてもらったし、応援もしてもらった。16年間、感謝しかないですね」と頭を下げた。ただ「悔いはやっぱりありますよ」という。「自分の目標が40歳まで関取でいることだったので。そこが達成できなかったことは悔いが残っています。35歳くらいのときからそう思っていましたが、なかなか難しかったですね」と話した。

 今後は相撲協会に残らず、第2の人生への夢へ向かった歩み出す。「自分が食べることでいろいろ苦労してきたので。そういうところで、お相撲さんのサポートとか他のアスリートをサポートになれるようなことができていけたらと思っています」と夢を語った。具体的にはこれからだが、必要に応じて資格を取得したり、勉学に励むことも考えているという。「自分も糖尿病ですごく苦労したし、食事の大切さも自分で勉強したりして思ったので。食事で苦労するアスリートの人ってすごく多いと思うんですよね。お相撲さんもそうですけど。そういう人の力になっていけたらなと思います。資格がいるなら資格をまた取ろうと思っているし、会社にしないといけないというのであれば、どういうふうに起業していくかとか、相談しながら考えていろいろとやっていきたいと思っています」と青写真を描いた。まずは飲食業などに携わる考えもあるという。

 会見後には入門時の師匠の荒磯親方(元大関・若嶋津)とみづえ夫人、弟弟子の幕内・一山本、十両・島津海が駆けつけ、松鳳山は笑顔で花束を受け取っていた。

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