【今月の歌舞伎座から】ある「事件」が起きているのをご存じでしょうか? 新派のベテラン女優、伊藤みどりの底力

スポーツ報知
「六月大歌舞伎」のチラシより。下段に4人、新派の役者の写真が並ぶ中、伊藤みどりの顔が。女優の写真が載るのは極めて異例

 東京・歌舞伎座の「六月大歌舞伎」で(27日千秋楽)でちょっとした「事件」が起きている。チラシに女優の顔写真が載っているのだ。歌舞伎の公演では、めったにないこと。最初、目にしたとき「えっ?」と思わず二度見してしまった。

 顔写真は伊藤みどり(72)で、劇団新派のベテラン女優。第3部で坂東玉三郎が主演の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」に出演している。当初、「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」が上演されることになっていたが、与三郎を演じる予定だった片岡仁左衛門が帯状疱疹で休演。代役を立てるのは困難となり、演目そのものが差し替えられ、それに伴い、出演者も変更になった。

 その「事件」の主、伊藤に会ってみた。「このチラシができてからすぐ(新派の波乃)久里子さんから連絡が来ました。『みどり、すごいわ。看板よ』と。(中村屋の家庭で育ち)歌舞伎の世界を熟知されているだけに、それまであまりピンときていなかった私は、逆にその重みを教わったようでした。でも歌舞伎座の舞台に出られて幸せ」

 「ふるあめりか―」(有吉佐和子原作)は、幕末の横浜の遊廓「岩亀楼」が舞台。尊王攘夷の運動が吹き荒れ、騒然とする世の中で権力のあるなしに関わらず、翻弄される人たち。米国人イルウスに身請けされかけた遊女、亀遊(河合雪之丞)が自害した理由を巡って、米国人の身請けを拒んだため命を断った、などと諸説飛び交い、思わぬ展開をみせる。

 物語の扇の要となるのが頭の回転が早く性格のいい芸者、お園(坂東玉三郎)。ある瓦版の記事がそのきっかけとなるのだが、彼女の言動を通して伝わってくるのは、風刺だけでなく人の深層心理の動きの単純さ、恐ろしさだ。

 伊藤は、異人に人気のあるマリアという遊女を演じている。しかし、米国人イルウスは、あまり美形でないマリアが気に入らず、嫌悪感を示す。伊藤がこの役を演じるのは8度目。ほとんど“持ち役”だ。最初に演出を受けた戌井市郎氏から、この役について「庶民の代表だからね。明るく、元気に、おおらかにやってくれ」と念を押されたことを、いまも覚えている。

 「今回、72歳の私にできるかしら、と思いました。でも戌井先生にいただいた言葉がよみがえってきて」役への迷いは消えた。単純に解釈すれば、哀れでみじめな役に映る。しかし、それだけでは失敗だという。新派の代表作でもあるが、この役は若い俳優ではなく、幹部クラスの俳優が演じてきた。それだけ重要な役ということだ。「庶民のずぶとさのようなものが出せるかどうか。それは演じる者の人生の深みにかかっているのかもしれません。演じるほどに、難しさが増しています」。

 今回、脇を新派の実力派の面々がしっかり固めている。急きょ、公演が決まっても堂々と安定した芝居を見せられるあたり、さすがと言うしかない。新派の底力を見る思いだ。そんな歌舞伎と新派の芸の融合を、歌舞伎座で見られる貴重な公演。めったにない空間を堪能しに劇場を訪れてみるのはいかがでしょう。(記者コラム・内野 小百美)

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