紀平梨花 夢の五輪へ再スタート「絶対大丈夫」昨年12月全日本欠場の裏側と復活への思い

スポーツ報知
紀平梨花

 2021年12月、北京五輪の代表選考を兼ねた4年に1度の特別な全日本に、女子エースの姿はなかった。紀平梨花(トヨタ自動車)は、かねてから痛めていた右足首痛のため欠場した。「金メダルを取りたい」と公言し、目標にしてきた夢舞台に、挑戦すらできなかった。その後、本人の口から直接語られることのなかった当時の思いは、約5か月後に明かされた。

 本当は、全日本への出場はほぼ絶望的だった。全日本に向け、カナダからの帰国直前。実は、右足を地面に付けられず、自力で歩くこともできなかった。帰国当日、ようやく立ち上がることができ、ゆっくり歩けるように。18年平昌五輪は年齢制限のため、出場資格がなかった。紀平にとって、ようやく回ってきたチャンス。「五輪に出たい」。その一心だった。

 だが、日本到着後、待っていた現実は、厳しいものだった。リンクで練習はしてみるも、回復具合は想像とはほど遠く「できない・・・」と自ら判断し、周囲に告げた。「ショックだった」。当時の感情は詳しく話さず、全てこの一言に込めた。

 届かなかった五輪のリンク。紀平は目を背けることなく、仲間を応援した。そして坂本花織(シスメックス)の銅メダルが一つの希望となった。坂本は、SP、フリー、合計の全てで自己ベストをそろえる完璧な内容で、堂々と表彰台に上がった。日本女子では、2010年バンクーバー大会銀メダルの浅田真央さん以来4人目となる快挙だった。「友達としてうれしかったし、勇気ももらえた。私も『ミラノ!』っていうふうにすごく考えることもできた。いろんな経験をして強くなれるってことを考えて、前向きに次のシーズンに向けて頑張ろうって思いました」。紀平にとってこれまでにない、大きな刺激だった。

 どん底からはい上がってきた紀平は、より強くなっていた。生まれ持った才能だけではない、質と技術の高さに裏付けられる相当な努力とストイックさもすごみを増した。けがをしても、体を動かすことは止めず、足首への負担を軽減するためバイクなどを使って、毎日欠かさず2時間は心肺機能と下半身の筋力を鍛えた。昨年9月には、羽生結弦(ANA)を五輪連覇に導いたブライアン・オーサー氏に師事し、スケーティングを中心に徹底指導を受けてきた。「自分でも違いが分かる」ほど成長を実感し、これだけ積みあえげてきたものがあるからこそ、「治りさえすれば、絶対大丈夫。シーズンを楽しみに待っていて欲しい」と言い切ることができる。

 復帰戦は現時点で未定も、本人は「(12月の)全日本にピークを合わせて行けたら。一番大事なところで、一番いい成績っていうのを取りたい」と、来季の目標はハッキリと見えている。みんなが、そして何より紀平自身が、自分の帰りを待っている。“完全復活”の時は確実に近づいている。

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