NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(日曜・後8時)で注目の坂東彌十郎(66)が、東京・歌舞伎座「七月大歌舞伎」(4~29日)の第3部「風の谷のナウシカ 上の巻―白き魔女の戦記―」で、1年3か月ぶりに歌舞伎に復帰する。約半世紀に及ぶ役者人生で初めての連続ドラマだが、主人公・北条義時(小栗旬)の父・北条時政を人間味あふれる芝居で好演中。66歳にしてのブレイクや歌舞伎への熱い思いを聞いた。(有野 博幸)
大河ドラマの影響の大きさを感じる日々だ。静岡・伊豆の国と神奈川・鎌倉にある「大河ドラマ館」では「父上!」と呼び掛けられる。運転免許更新に行けば、マスクをしているのに受付で「いつも見ていますよ」と返ってきた。
脚本の三谷幸喜氏(60)から北条時政役についての注文は「江戸の長屋のオヤジのように」だった。2019年6月の「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」以来の三谷作品。「まさかこれほど大きな役とは思わなかった。66になって新しい経験をさせてもらってありがたい」と感謝する。
出演が決まり、ドラマ経験が豊富で大河でも共演する片岡愛之助(50)、中村獅童(49)らに助言を求めた。ともに返ってきたのは「いつも通りで大丈夫ですよ」。今作からは「冠者殿」こと源義高役を演じた市川染五郎(17)もブレイク。「キリッとしていて、ゾクゾクッとしました。(父の)松本幸四郎さんにメールしたら、悔しがってましたよ(笑い)」
時政の妻・りく役の宮沢りえ(49)をはじめ、女優との共演も新鮮だった。「若い頃は商業演劇にも出ていましたけど、色恋とかはやっていないので、いまだに緊張します」とシャイな一面をのぞかせる。ドラマも中盤。収録はまだ続いているが、「『もう少しで別れちゃうのかな』と思うと、寂しいですね」としんみり。
「父上、(反響が)すごいことになりますよ」と早い段階で“予告”してくれたのは小栗だった。本当の親子のように打ち解け「調子に乗らないでくださいよ」と冗談交じりにくぎを刺されたという。
収録が始まって間もなく、傾斜の激しい山中での立ち回りで左ふくらはぎを肉離れ。翌日に病院でテーピングをして撮影は休まなかった。一寸先で何が起こるか分からない、という経験は「歌舞伎でも生かされる部分はある」。大河の好演で映像のオファーも増えそうだが、「チャンスがあれば何でも」と意欲的だ。
ドラマと舞台。全く違うようで、役者にとって大事なことは共通していて「頭の柔らかさ」だと実感した。「作家、演出家の要望にどれだけ応えられるか。それが役者の勝負。演じている時、その役に集中するしかない。それを感じられて良かった」
そんな芸に厚みを与えてくれた経験を経て、1年3か月ぶりとなる歌舞伎復帰。「ナウシカ」では卓越した剣の腕前がありながら、争いを望まない人格者ユパを演じる。「前回『ナウシカ』をやると聞いた時に出たいと思っていて、ユパをやりたかった」。3年を経て念願がかなう。「立ち回りが好きなのでユパが好き。ひげ、かつらをどうしようか、演出も担当する(尾上)菊之助さんと相談しています」
7月公演に向けてジムに通う回数を増やすなど準備に余念がない。「歌舞伎に出ない時期がこれほど続くのは初めて。ずっと舞台に出る生活が普通で、こんなに不安になるとは。僕の居場所はあるのかな」と控えめな言葉の一方で「『久しぶりに見たら彌十郎、体力が落ちているな』と言われるのは絶対に嫌ですからね。『状態を仕上げてきたな』と言われるように」と本心を語った。
そして一瞬、間を置き「でも、こんなことを書いてもらったら、ハードル上げちゃうかな」と、すっかり大河でおなじみとなった人懐っこい笑顔を見せた。
◆風の谷のナウシカ 宮崎駿氏が1982年に雑誌「アニメージュ」で連載を開始し、13年かけて完結した漫画が原作。84年にはアニメ映画化されヒット。2019年歌舞伎版として初演。この時はナウシカが主人公に描かれたが、今回は「上の巻」としてクシャナに焦点を当てる。苦悩、葛藤の中で美しく立ち上がる姿をより深く描いていく。
◆坂東 彌十郎(ばんどう・やじゅうろう、本名・本間寿男=ほんま・ひさお)1956年5月10日、東京都生まれ。66歳。銀幕スターでもあった坂東好太郎の三男。73年5月歌舞伎座「奴道成寺」で初舞台。83年から3代目市川猿之助(現・猿翁)、18代目中村勘三郎の両一門の作品に数多く参加。身長183センチ。屋号は大和屋。歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」(5~30日)では第1部「新選組」、第2部「安政奇聞佃夜嵐」に出演する。