GHC王者・潮崎豪、13日に命日を迎える三沢光晴さんへ「思いが色あせることはありません」…6・12小島聡と決戦

スポーツ報知
潮崎豪

 DDT、プロレスリング・ノア、東京女子、ガンバレ☆プロレスを運営するサイバーファイトの年に1度の祭典「サイバーファイトフェスティバル」が12日、さいたまスーパーアリーナで行われる。4団体が集結する大会のメインイベントはノアのGHCヘビー級王者・潮崎豪が新日本プロレスの小島聡の挑戦を受ける初防衛戦。決戦を前にWEB報知は潮崎を単独直撃。小島、そして13日に命日を迎える2009年に試合中の事故で急逝した団体創設者の三沢光晴さん(享年46)への思いを2日連続で配信する。後編は「三沢光晴さんへの思い」。

 ノアを創設した三沢さんが2009年6月13日に亡くなってから13年が経つ。命日は、小島との戦いの翌日になる。

 「今年は三沢さんの追悼大会はないですけど、小島戦の次の日が三沢さんの命日。その前日のタイトルマッチ。三沢さんが作ったGHC。ベルトの形は変わりましたが、その思いは常にもっています。ベルトを持って命日を迎えたい」

 三沢さんが試合中の事故で亡くなった20096月13日、広島県立総合体育館。潮崎が三沢さんのタッグパートナーとしてリング上にいた。今、あの日の出来事は思い返せないという。

 「広島は自分は、何もわからないぐらいの立場だったんで起こった出来事を受け止めるしかできなかった。あの時どうだったって思い返せないぐらいの状況、立場でした。ただ、あれから13年がたちますが、三沢さんへの思いが色あせることはありません」

 三沢さんの急逝を受けた翌14日、ノアは博多スターレーンで大会を開催した。メインイベントで潮崎は秋山準が返上したGHCヘビー級王座の決定戦で力皇猛と対戦。ゴーフラッシャーで力皇を破り初めてGHCのベルトを腰に巻いた。

 「博多までの記憶はありますけど、わけがわからないまま過ごした時間だった。鮮明に思い出せるものもあるし…」

 言葉が途切れたが、博多でリングに上がった心境をこう振り返った。

 「やるしかない。自分しかいないと思うしかなかった。今なら、三沢さんがそこを託してくれた…と、そう考えられますけど、あのときはそれも考えられなかった」

 すさまじい状況の中で奪取したGHC。

 「その日に三沢さんが作ったベルトを巻くことができたのもひとつの運命だったと思うんですけどあの日がなければ今もないと思う。ですから感謝とひとつひとつの思いを込めて戦わないといけないとより思わされています」

 三沢さんからは生前、練習でも試合でも特別に言葉をかけられたことはない。

 「特に言葉でいう人ではなかった。試合のことも何かを言う人ではなかった。なので、自分は自由にやろうと思っていた」

 忘れられない言葉は入門前だった

 「入門する時に三沢さんがテレビで“人間は努力しだいで何でもできる。何にでもなれる”とおっしゃっていたんです。俺はそれを聞いて入門を決心した。その言葉が今の自分の元になっている」

 GHC王者の誇りもその言葉が礎だ。

 「GHCのチャンピオン像は、いかに苦しい状況でも立ち上がっていく姿。それがGHCチャンピオンだという姿が常に俺の中にある。それを感じて体現していかないといけない」

 三沢さんの命日にGHCをささげる思いを明かした潮崎。最後に小島へこうメッセージを送った。

 「GHC戦はどういうものか。GHCヘビー級チャンピオンはどういうものか。それを見せる戦いだと思う。そこは自分を作った原点。GHC、ノアの戦いを見せつけた上でベルトを防衛したい」(終わり)

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