明石家さんま…報知新聞150周年記念インタビュー<2>バブル崩壊借金突然の離婚「聖子ちゃんと僕は狙われ続けた」

スポーツ報知
風船を手に、気さくに150周年を祝ってくれた明石家さんま(カメラ・竜田 卓)

 創刊150周年を迎えた報知新聞。次の節目への再スタートを祝し、明石家さんま(66)が単独取材に応じた。スポーツ紙のインタビューに登場するのは極めて異例。半世紀にわたり日本を笑わせ続けてきた「お笑い怪獣」がエンタメの現状や人生観、親交のある長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督(86)=報知新聞社客員=との秘話などを語り尽くした。(久保 阿礼、増田 寛)

 <1からつづく

 長嶋さんを始め王貞治、アントニオ猪木、三浦知良ら各界のスターはファンサービスにこだわる。さんまもサインを求められれば、足を止めて応じる。

 「21~22歳の時、ラジオの公開番組でサインが欲しくて色紙を持ってくる人がいたけど、割り箸の袋を持ってくる人もいた。当時はむかついたりしたけど、20年たって、その人がサラリーマンになって、新幹線でバッタリ会った。財布から箸袋を出して、これ20年前にいただいたものです、と。その時、これは何でもサインせないかん、写真を一緒に撮ってあげなあかん、と思ってね。タレントという立場を考え直す日になった」

 最近も新幹線での移動中に、赤ちゃんと遊ぶTikTokの動画がネット上で拡散し、反響を呼んだ。

 「赤ちゃんがなぜか、僕のことをずっと見ている。お母さんが、この子は人見知りで男の人には絶対に抱かれないんです、と言うけど、赤ちゃんは、こっちの席にはって来ようとする。何十秒かの映像だけど、実際は新大阪駅から東京駅まで2時間半あやしました。お母さんは、もういいですよ、お疲れですから、と言ってくれたんだけど。SNSに載せるのは断ったんだけど。皆さんに反応してもらって感謝しつつ、2時間半は長い(笑い)」

 昭和、平成、令和で笑いの最前線を走り続け、芸人がMCで活躍するというバラエティー番組のスタイルを築いた。テレビの申し子とも言えるが、環境や価値観が変化。「人を傷つけない笑い」を求める声が上がるなど、社会の目は厳しさを増している。

 「人のことをどうこう言うほど自分はすごくないと思っている。人を傷つけないようにはしてるけど、傷つく言葉もあったりね。言葉の商売って難しい。テレビも時代とともに変わり、今では放送できない番組もたくさんある。いじり、不倫とか。昔はお笑いの芸人の不倫釈明会見なんて、新聞のテレビ欄に『〇〇爆笑記者会見!』と書いてある。あの時代には戻れない。でも、いろいろなスポーツを見ても毎年のようにルールが変わっている。笑いもルールの中でやっていかないといけない時代になってきた」

 新型コロナの感染拡大で「不要不急」が叫ばれた。エンタメは不要で不急なのか。

 「コロナで客席にお客さんも入らないテレビの公開番組もたくさんあった。劇場に来てくれるお客さんの生の笑いが欲しくなった。劇場は(テレビより)言葉選びも少し緩め。劇場はわざわざお金を払って見に来てくれる。笑いの好きな人のために一生懸命やらなきゃ。舞台への出演数は今後、増えるかもしれない。テレビ(番組や出演)はなくならないが、試行錯誤しながらやっていくでしょう」

 TBS系ドラマ「男女7人夏物語」の共演を経て、88年に女優の大竹しのぶと結婚。翌年には長女のIMALUが誕生した。

 「結婚した時、子育てもあって休みたいと考えた。子供たちと一緒に暮らそうかなと。でも、マスコミ対応とかも大変で。自宅マンションの前に週刊誌の黒塗りの車が5台止まっていたり。(松田)聖子ちゃんと、僕は狙われ続けた(笑い)。マスコミを避けて騒動になったり。駅で1人にサインすると、とんでもない状況になって新幹線に迷惑かけたり。落ち着こうと考えていたけど、突然の離婚だったから、また走らなあかんと。バブルも崩壊して借金も抱えたので、無我夢中でしゃべりました」

 大竹とはつかず離れずの関係を築いている。西加奈子さんの小説にほれ込み、プロデュースした映画「漁港の肉子ちゃん」では大竹が主人公の声を演じ、昨年の報知映画賞アニメ作品賞を受賞した。

 「賞なんてもらえると思ってなかったから。初めてアニメを作り、報知さんに選んでもらって、その後あれだけ賞をもらうとは思ってなかった。報知、盛り上げすぎじゃない?って(笑い)。それで、トロフィーを置いた瞬間、上の部分が取れたと。大竹しのぶさんに電話して、トロフィーある?って聞いたら、重い割にはボロいよね(笑い)という話になって。久々の会話になりました」

インタビュー〈3〉へ続く

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