明石家さんま…報知新聞150周年記念インタビュー<1>しゃべり続けて50年「死ぬときがゴール、法律でテレビ出ないでって決めて」

スポーツ報知
紙吹雪をまきながら気さくに150周年を祝ってくれた明石家さんま(カメラ・竜田 卓)

 創刊150周年を迎えた報知新聞。次の節目への再スタートを祝し、明石家さんま(66)が単独取材に応じた。スポーツ紙のインタビューに登場するのは極めて異例。半世紀にわたり日本を笑わせ続けてきた「お笑い怪獣」がエンタメの現状や人生観、親交のある長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督(86)=報知新聞社客員=との秘話などを語り尽くした。(久保 阿礼、増田 寛)

 番組収録の合間を縫って、さんまが現れた。テンション高め。貫禄を漂わせ、ソファに体を沈めた。

 「よろしくお願いしま~す。いやいや、報知新聞150周年、おめでとうございます。吉本も110周年。報知も150周年。お互い100年以上。しかも戦争をまたいでのことですからね」

 4月、吉本の創業110周年特別公演「伝説の一日」では、大阪・なんばグランド花月(NGK)の舞台に立った。自身が座長を務める「さんまの駐在さん」を披露し、2日間とも大トリを務めた。

 「伝説的な方々が吉本にいらっしゃる中で、俺がメイン張っていいのか、こんなキャリアで、と思った。でも、数えたら50年もやってるぞ、俺でええんや、とね。50年、舞台に立ってる。喜んでいいのか重荷なのか。重荷を喜んでいる、と言った方が早いかもしれない」

 1974年に落語家の笑福亭松之助さん(2019年、93歳で死去)に弟子入り。巨人、阪神でサイドスローのエースとして活躍した小林繁さん(10年、57歳で死去)らプロ野球選手の形態模写で注目されていたところ、桂文枝(当時・三枝)に見いだされ、毎日放送(大阪)の人気番組「ヤングおー!おー!」のレギュラーに抜てきされた。

 「ものまねは僕が19歳の時。江川(卓)さんと小林さんのトレード(79年)が世間で話題になって。小林さんのまねは一時期やめてたけど、顔も似てて、特徴あるピッチングフォームだったから楽にまねできた」

 同番組では、オール阪神・巨人、島田紳助・松本竜介、太平サブロー・シローら名だたる芸人としのぎを削った。「若い頃から全力投球だった。一生懸命、与えられた仕事をやる、という気持ちがずっとあった。お笑い芸人はテレビに2年出て、『スター千一夜』(フジ系)にゲストで出られたら完了。そういう時代で『バラエティー2年説』が主流だった。1回でも『ヤングおー!おー!』に出て、1回でもレギュラーになれれば良いと思いながら積み重ねてきた」

 大阪の小さな寄席から始まった吉本は、漫才ブームに乗って80年代から東京進出を本格化させた。東京に自宅を構えた最初の吉本芸人がさんま。ビートたけし(75)、島田紳助(66)らとフジテレビ系「オレたちひょうきん族」を人気番組に押し上げ、さんまも吉本も全国区となる。

 「立役者じゃなく、切り込み隊長。前線部隊の兵隊として動いていた」

 しゃべり続けて50年。お笑い人生にゴールは見えているのか。

 「若い時からいろいろなゴール地点を考えていた。木村拓哉に頼まれて『Born ready』という曲を作詞した。冒頭で『ゴールラインは過ぎたのに走り続けてる』という歌詞がある。木村にささげたつもりだけど、木村は俺の歌だと思ってレコーディングしたと。だから、とっくにゴールラインは過ぎているのかもしれない。でも、走らなきゃいけないポジションなのかもしれない。ゴールラインを教えてほしい(笑い)」

 フジ系「さんまのお笑い向上委員会」など後輩との共演も目立つ。彼らは畏怖を込めて「お笑い怪獣」と呼ぶ。

 「麒麟の川島(明)に言われた。さんまさんはずっと山頂にいて下りてきてくれない。笑いの高山病にかかってますよ、と。マツコ・デラックスは、さんまさんは山頂から石を投げてくるよね、後輩は登り切れないよ、と。すでに頂上にいるのか、違う山を目指しているのか。自分自身のゴールは見えないし、ないんじゃないかって思う」

 「よく周りから、後輩に道をつくってあげて、と言われる。僕も、後輩たちがきれいな道、走りやすい道をつくれたらいいな、と思ってやってきた。でも、ある時、所ジョージさんが、道をつくってあげようとしているけど違う道だよ。さんちゃん一人で走ってるんだよ、と言った。どうも俺は同じ道をぐるぐる回ってるみたい。誰もその道を歩んでいない。振り返ったら誰もいない(笑い)」

 だが、孤独は感じていない。

 「笑いという国があるとしたら、道を外れてもきっと仲間が見つかる。後輩は先輩の築いてきた道を見るだけでもいい。その道を歩まず、別の道を進んでもいい。だから、道の後ろに誰もいなくてもいい。芸人が迷わずにいられるのは先輩方や歴史のおかげ」

 還暦を前に引退をイメージすることもあった。「55歳の時に60歳で引退するだろうと思っていたが、爆笑問題の太田(光)が、いま辞められたら我々が困る。先輩として格好良すぎる。落ちていく姿を見たい、と。今が落ちていく過程かもしれない。たまに驕(おご)ってしまいますが、驕らず、与えられた仕事をがむしゃらにやっていく。死ぬ時がゴールなのでしょう。国からゴールですよ!って言ってくれたら、どんなに楽か。もうテレビ出ないでください。もうOKです!って国の法律で決めてほしいね」

 インタビュー<2>につづく

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