ソフトバンク・王貞治会長「報知との関わりがなかったら巨人軍に入ってなかったかも」スポーツ報知150周年メッセージ

スポーツ報知
1977年9月。通算756号本塁打放った王貞治

 スポーツ報知は、1872年(明治5年)6月10日に「郵便報知新聞」として創刊以来、150周年を迎えました。巨人の黄金期を築き、報知新聞の1面を彩ってきたソフトバンクの王貞治球団会長兼特別チームアドバイザー(82)が思い出を語った。

 ◆ソフトバンクの王貞治球団会長兼特別チームアドバイザー(82)

 報知新聞150周年おめでとうございます。すごい歴史ですね。

 私も15歳ぐらいから取材を受けたりしてますから、70年近くお世話になってます。そもそも、報知新聞との関わりがなかったら、巨人軍に入っていたかどうかも分からないです。本当に感謝しかないんですよ。

 あの頃(進路を決めた早実3年時)は子供でしたから。全然、右も左も分かりませんでしたから。こういう道もあるよっていうことを(報知の記者に)教えてもらってね。気付かなかったことを教えていただいて、そのお陰でジャイアンツに入れたので、今でもありがたいと思ってます。

 ジャイアンツに入ってからは、報知は一番の味方というか、理解者というか。やっぱり記者の人とも親しくなりますし、聞かれたことに対しても他の社の人には言えないようなことも話せるというか、そういう信頼感はありました。たくさん割いてもらった紙面は姉(次女・順子さん)がスクラップしてくれてまして、今でも大事に取ってあります。

 記者との付き合いが、不調から立ち直るきっかけになったこともあります。接する時間が長いですから。ワラをもつかむような気持ちで、いろいろ話した時に「前はこういうふうに言ってましたよ」と、こっちが忘れてしまっていることを思い出させてくれることもありました。試合のことばっかりじゃなくて、普段の私生活も含め、いろんな話をよくしました。いざという時にすごい援軍になりましたよ。

 新聞業界は今の時代は大変ですが、活字の良さというものも絶対あるわけですよ。何度も繰り返し読めるし、昔の紙面を引っ張り出しても、いい余韻が残っていますし。だから僕は紙面をすごく愛している人もたくさんいると思うんですよ。若い人たちは活字離れとか言いますけど、いずれは戻ってくると思ってもいいですよ。やっぱり、活字から入ってくる情報は重みがありますからね。

 その重みを示すために、できたら署名記事にしてほしいですね。この文章は誰が書きましたっていうね。そうしたら、書く人の意識も変わってくると思います。こういう時代だからこそ、新聞を制作する人たちも、ただ読んでもらえればいいやとか、売れればいいやじゃなく。もっともっとね、心を込めてつくってほしいと思います。

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