日本ダービーで呼び起こされた懐かしい「音」 コロナ禍による封印が解けた歓喜の瞬間

スポーツ報知
ドウデュースで6度目のダービーを制し万雷の拍手に応える武豊騎手(カメラ・高橋 由二)

 懐かしい「音」が響いてきた。武豊がドウデュースとともに頂点をつかんだ29日の日本ダービー。コロナ禍で、東京競馬場の観客が一昨年は無観客、昨年は4367人だったが、今年は6万2364人が詰めかけた。場内のざわつき、ファンファーレに合わせた拍手とかけ声、さらに直線での馬の蹄音と歓喜の大歓声。そして、ユタカコールだ。3年前まで当たり前に聞こえてきた音が、実に新鮮だった。

 競馬場を初めて訪れた数十年前。十数万人が集まった当時は今の比ではなかったが、同じように耳に届いた心地よい音の数々に胸を躍らせ、競馬のとりこになった。久しぶりに小躍りするような1日に、記者の原風景には、いつもこの音があったことを思い出した。

 スポーツ記者時代、この音について語っていたのが、男子ゴルフの石川遼だ。ゴルフ少年だった時。青木功、尾崎将司など多くのトップ選手のプレーを見て、スイング、弾道の音を耳に刻み、その一流の音を指針にしてきたと明かしていた。98年長野五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子団体の金メダリスト原田雅彦氏も、スタートからカンテ(飛び出し口)までの一連の動きを「シュッと行ってビュンと立つ」と音で表現していたことが印象的だった。

 競馬でも同じ。今年の3月で惜しまれながら引退した藤沢和雄元調教師は、調教中は調教スタンドにある調教師室には入らず、雨の日も風の日もどんな悪天候でも外で愛馬の調教を見続けた。名匠は「走る音とか蹄音で調子だとかいろんなことが分かる。中にいては聞こえないからね。音を聞いて、良し! って思うことも結構あるんだ」と説明してくれた。それぞれ聞こえてくる音は違えど、耳に残る音が記憶となり、それぞれの基準、指針となり、今の自分に生かされていることは多々ある。

 コロナ禍で世界中から音が奪われたが、再生へと動き出した世界に少しずつ音が戻ってきたことを、歓喜のダービーを見て感じることができた。そのダービーが終わり、今週の安田記念が終われば来週から北海道シリーズが始まる。新潟、福島、函館、札幌…、それぞれの場所で記憶に刻まれた音を、また楽しみたいと思う。
(中央競馬担当・松末 守司)

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