誰もがONに憧れていた小学生時代。身の程知らずの僕も「プロ野球の選手になる」なんて夢を見て、中学で本格的に野球を始めた。ボーイズリーグ、リトルシニアといった硬式チームが少なかった時代。野球をするなら部活動、すなわち軟式でプレーするのが常道だった。部員は同学年だけで何十人もいたが、近年はそうでもないという。「野球をする子どもが減っているんです」と声を落としたのは埼玉・川口市立上青木中で保健体育を教え、野球部の監督を務める大野尭之さんだ。
野球が盛んな川口市は多くのプロ野球選手を生み出してきた。その代表が野球殿堂入りした元巨人の斎藤雅樹さん。小学5年の時、硬球を握る川口リトルリーグで野球を始めたが、川口北中では野球部に所属。その斎藤さんも中学では控え投手で市大会で優勝できなかったほどレベルが高かった川口で、廃部の危機に立たされている学校が増えているという。「部員がそろわず、合同チームで大会に出ることが珍しくなくなっているんです」と大野さんは嘆いた。
主因は昨今よく言われているスポーツの多様化なのか。一昔前は王道だった野球、サッカーから卓球、バドミントンなどにも目を向ける少年少女が増えてきたという。野球人口減少に歯止めをかけようと数年前、川口市内の中学野球指導者が中心となって設立されたのが「川口市野球人口増加プロジェクト」。部活動の弊害ともされている部員の坊主頭、保護者のお茶当番の廃止といった策を打ち出して少年少女、保護者にも野球に興味を持ってもらおうと動いている。
「今、動かないと野球の未来が変わってしまう」と大野さん。中学、さらには高校、大学でも野球を続けてもらうには底辺を広げる必要がある。そこで始めたのが「埼玉baseballフェスタin川口」。その4度目が5月14日、川口市営球場で開催された。幼児から小学6年までの未経験者(男女不問)に野球に興味を持ってもらおうと、スピードガン計測、サークルベースボール(野球形式の遊び)といった楽しく遊べるコーナーを設置。野球人口増を目的に設立された「埼玉県野球協議会」のメンバーでもある西武のライオンズアカデミーによる野球教室も行われ、OBが指導にあたった。
同球場は西武の本拠地でもあるベルーナドームと合わせて県内に2つしかない全面人工芝のフィールド。雨上がりの晴天の下、約800人が来場し、大人も子どもも普段は踏む機会がないフワフワの人工芝で、笑みを浮かべながら野球に触れあった。「入り口は中学ではなくて小学校の頃。ボール遊びに触れてもらえたら」と大野さん。キャッチボールができる空き地のようなスペースは減り、危険だからと球技を禁止する公園も増えてきた。そんな環境下で野球に関心を持つ少年少女が減るのは無理からぬ話。市内に27ある少年野球チームも部員数が減少傾向にあるとか。それだけに、ボールに触れあう機会が増えるのは指導者にとってもありがたい。芝富士ゴールデンイーグルスの副会長で川口市少年軟式野球連盟スポーツ少年団の副会長を務める平田繁さんは「底辺が広がってくれれば」と期待をかける。
1日には西武の本拠地・ベルーナドームで「埼玉県野球協議会」の主催による「埼玉baseballフェスタ」が開催され、県内でも越谷市で同様のイベントを開く準備が進められている。「こういったことを継続してやっていきたいです」と大野さん。今回、募ったアンケートをもとにして現状を分析して、今後に役立てていく考え。一人でも多くの少年少女が野球に親しんでもらうようなイベントを続けていくつもりだ。
普段、プロ野球、高校野球を取材していると、野球人口が減っていることになかなか気づかない。今回、小学生、中学生の指導者に接して、改めてその基盤が揺らいでいると実感した。スポーツは野球がすべてではないとはいえ、野球に育てられた一人としてはボールを投げて、打つ、そして走る子どもが増えてほしい。指導者、関係者、保護者がその機会を設けていく必要があると思う。
(記者コラム・秋本 正己)