作家の乙武洋匡さん(46)が16日、東京都新宿区の新国立競技場で義足を装着しての100メートル歩行に挑戦し、7分44秒、117メートルを歩き続けて、応援に集まった約200人からは盛大な拍手を浴びた。4年前から過酷なトレーニングを始め、これまでの自己最長66メートルを大きく上回る〝記録更新〟に、乙武さんは「テクノロジーと、チームの努力と、皆さんの支えで、不可能に思っていたことが可能になりました。あきらめないって…大事ですよね」と目を潤ませた。
先天性四肢欠損により幼少期から電動車椅子で生活してきた乙武さんは、2018年からSONY製のロボット義足で歩行を目指す「OTOTAKEPROJECT」をスタート。義足エンジニアの遠藤謙さんによる「生まれつき四肢のない乙武さんが義足でスタスタと歩く姿を見せることができれば多くの人を驚かせることができるのでは」との発想がきっかけ。義足の技術革新を願い、乙武さんも挑戦を決意した。
「歩くことをあきらめている人々に希望を届けたい」との思いでトレーニングを開始したが、40年以上も「L字型」に固まっていた股関節を伸ばすところからの訓練は気の遠くなるようなもので、理学療法士の内田直生さんによる指導でまず二足歩行が可能になるように肉体改造。義肢装具士の沖野敦郎さんによって製作された太ももの先に足首が来る“短足義足”から徐々に義足の長さを伸ばしていき、自宅マンションの非常階段をひたすら上る“階段トレ”などを日課にして、昨年9月に自己最長66メートルの義足歩行を達成。さらなる成果を東京五輪・パラリンピックで聖火ランナーとして披露するプランもあったが、新型コロナウィルスの影響で叶わず、今回の舞台で挑戦することになった。
雨上がりのフィールドに義足で立った乙武さんは、大きく深呼吸してから一歩目を踏み出した。これまでの自己最長を超え、80メートルを進んだあたりから辛そうな表情を見せたが、100メートルに到達してもなお歩き続け、大きな声援のなか、倒れ込むように歩みを止めた。歩く前には「路面が濡れているところを歩くのは初めてだし、最大の不安要素は涙で視界が遮られること」と話していた乙武さん。歩き終わって、しばらくは体力を使い果たして言葉が出てこなかったが、最後には感謝の言葉を繰り返した上で「誰もがあきらめなくて済むような社会にしていけたら」と声を詰まらせた。
「TOKYO2020」の舞台として多くのアスリートの夢を叶えた聖地でのプロジェクトには、有森裕子さんをはじめ、井上康生さん、国枝慎吾さん、為末大さんらそうそうたるアスリートに加え、実業家の堀江貴文さんらが激励メッセージを寄せ、場内のオーロラビジョンに登場。サッカー日本代表の吉田麻也選手も「乙武さん、頑張れ!」と応援、メディアアーティストの落合陽一さんも駆けつけた。
新国立競技場での一般貸出開始のタイミングで、利用料や諸費用をクラウドファンディングで募り、最終的には目標額の500万円を大きく上回る596万5865円もの支援金が423人から集まった。この日の模様は公式YouTubeチャンネル『乙武洋匡の情熱教室』でも公開される予定。
乙武さんは、大学在学中に著した「五体不満足」が海外での翻訳も含め600万部を超す大ベストセラーに。義足プロジェクトのこれまでの軌跡も著書「四肢奮迅」でまとめている。