イチローが救ったバッセン業界の危機…「日本バッティングセンター考」著者・カルロス矢吹さんに聞く

スポーツ報知
話題作「日本バッティングセンター考」を上梓したカルロス矢吹さん(カメラ・加藤弘士)

 作家のカルロス矢吹さんの著書「日本バッティングセンター考」(双葉社・税込み2035円)が人気を集めている。全国津々浦々のバッティングセンターを訪ね歩き、オーナーに直撃取材を敢行しながら、バッティングセンターの歴史とその存在意義を描いた、過去に類を見ない意欲作だ。一冊に込めた思いを、矢吹さんに聞いた。(加藤弘士)

 バッティングセンターを経営する多くの人々とふれあい、矢吹さんはこう書く。「バッティングセンターは多くのオーナーにとって、ただの収入源以上の存在に、自身の生きる証明のようなものになっています」-。そんなバッティングセンターと矢吹さんとの関わりは、元々どんなものだったのか。

 「少年野球をやっていた頃、単純に野球の練習で行っていたんです。その習慣があったので、高校生、大学生になっても、見かけたら何となく入るところ。意識しないで行ってましたね。バッティングセンターがあれば、入る。そして打つ。大人になって草野球チームを作ってからも、練習のつもりで行っていた感じですね」

 練習場であり、レジャー施設。その絶妙な融合がバッティングセンターのたまらない魅力だ。そもそもどんな経緯で日本中に広がり、今に至ったのか。矢吹さんが掘り起こす、初めて明かされる事実の数々に、読者はページをめくる手が止まらなくなっていく。

 「バッティングセンターがこれまでメディアに取り上げられる時って、お客さんにフォーカスされるのがほとんどだったんですよ。『ホームランを打ちまくるおじいちゃん』とか。僕はそこには全然興味がなくて。お客さんは、暇だから行っているとしか言いようがない(笑)。それよりもバッティングセンターを作った人たちの話が聞きたかった。でも調べても全然出てこない。ならば自分が…と書いた一冊です」

 担当編集者は快作「愛しのインチキ・ガチャガチャ大全-コスモスのすべて」などを手がけたことでも知られる鬼才・栗田歴さん。元々は栗田さんが発刊を試みた「幻の野球雑誌」で連載される予定だった。

 「バッティングセンターのオーナーに毎回、話を聞くという連載を考えていて。宮城の『気仙沼フェニックスバッティングセンター』と岩手の『前沢バッティングセンター』に取材に行ったんですよ。両オーナーからは素晴らしい話が聞けて、原稿も仕上げて。栗田さんに預けたんですけど、その野球雑誌が出なくなっちゃって(笑)。ただ、オーナーのお二人の話は絶対に何かの形にしなきゃと思っていました」

 一度火がついた、矢吹さんのバッティングセンターへの探究心。もう止めることは不可能だった。

 「その後も趣味みたいにバッティングセンターへの取材は行っていたんです。いろんなオーナーさんの話を聞いているうちに、バッティングセンターには興味深い歴史があることが分かった。それも調べなきゃいけない。これを縦軸に、具体例としてオーナーさんの話を入れていけば、本にできると思いました。あのまま雑誌の連載化が決まっていたら、オーナーさんの証言をオムニバス形式にした本になっていたかもしれない。構成的には、連載がなくなったことが幸いしたかもしません」

 これまで語られなかったその歴史は、実に興味深い。高度経済成長を背景に、野心を抱いて参入する男たち。寄せては返す波のようにブームと衰退が訪れる。その中でも1993年のJリーグ開幕によってもたらされた危機を、翌年のイチローフィーバーが救ったという逸話には胸が熱くなる。

 「1994年オフのイチローはあらゆるセレモニーへの出席を断ったそうなんですが、『バッティングセンターの表彰は受けます』と全国バッティングセンター連盟協議会の感謝状贈呈式には出席したというんです。イチローにとっても、バッティングセンターが特別な場所だったことがうかがえるエピソードですね」

 矢吹さんは世界60カ国を旅した経験がある。過去の著作でも、地球上の様々な視点から事象を複眼的に描く筆致が特徴的だった。今作では「日本-」と銘打ちながらも、世界のバッセン事情にも言及している。

 「タイのほとんどの人々は野球のルールを知らないけれど、『ドラえもんの中で、のび太がジャイアンとやっているスポーツをやってみたい』とバッティングセンターを訪れて、バットを振るんです。で、考えてみるとジャイアンやのび太は野球場で野球をやっていない。空き地でやっているんです。今の日本って、空き地がないじゃないですか。だからバッティングセンターは、現在の『空き地』になっているんじゃないかな、と思うんです」

 「公園でさえ、ボールを使ってはダメになっている。でもバッティングセンターは打ってもいいし、缶コーヒーだけ飲んで店主とお喋りして帰ってもいい。大人ならタバコも吸える。好きな時に来て、好きな時に帰っていい。『これをやってはいけない』が、あまりない。店によっては『キャッチング禁止』というところも、ありますけど(笑)」

 そんな、現代の解放区ともいえるバッティングセンター。だからこそ、矢吹さんは野球ファンに限らず、様々な人々にこの一冊が届くことを願う。

 「バッティングセンターの何が素晴らしいって、野球をやったこともないし、プロ野球や高校野球を見に行ったことのない人でも、バッセンに行ったことがある人は大勢いることです。この本もそうでありたい。野球のルールは知らなくても、『この本は面白かった』と言われたいと思って書きました。バッティングセンターがそういう施設である以上、ただの野球本にするのはバッティングセンターに申し訳ないですから。そんな自由さを味わってもらえたら、うれしいですね」

 初めて快音を響かせたあの日の両手の感触が甦るとともに、再びコインを投入して初球を待つ、あのドキドキを再び体感したくなる。176ページを読み終えた瞬間、無数の軟式ボールが転がるあの空間が、無性に愛おしくなるに違いない。

 <カルロス矢吹>1985年、宮崎県生まれ。作家、ラジオパーソナリティ。(株)フードコマ代表。大学在学中より、グラストンベリーなど海外音楽フェスでスタッフとして働き始める。以降、日本と海外を往復しながら、ライター業やラジオ・TVの構成を開始。コンサート運営、コンピレーション編集、美術展プロデュースなど、アーティストのサポートも行う。2012年より日本ボクシングコミッション試合役員に就任。

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