オリックス・比嘉幹貴「上空を戦闘機が飛んでいた」街には軍人さん・・・沖縄本土復帰50年特集

スポーツ報知
オリックス・比嘉幹貴

 沖縄県が1972年に本土復帰を果たしてから、15日で50年を迎えた。プロ野球界にも多くの才能を輩出し、ファンに夢を届けてきた。同県出身選手たちが、節目の日に自らの体験談を語るとともに、子どもたちへメッセージを送った。

 僕が生まれた沖縄市は、普天間と嘉手納の基地に挟まれている感じで、米軍の街ですね。今でもドルで支払いができる飲食店があります。小、中学校の窓ガラスは二重。飛行機がよく飛んでいるので防音のため。上空を戦闘機が飛んでいた。うるさいけど、それが普通だと思っていました。

 僕が小さい頃の高校野球は沖縄水産が強かった。プロ野球のチームが沖縄でキャンプをしていて、実家はカープのキャンプの球場の近くです。コザ高出身でプロに入ったのは初めて。「ドラフト2位」と横断幕を作ってくれて、すごく喜んでくれました。

 僕は沖縄に生まれて良かったと思っています。大学(国際武道大)で県外に出てから改めて、沖縄の良さを感じています。時間に流されないというか、それは悪いところでもあるんですけど…(笑い)。(オリックス投手)

 ◆DeNA・宮国椋丞、夢をかなえて

 野球を始めたきっかけは父親(17年に他界した透さん)と兄貴の影響です。兄のユニホームを着ている姿が当時とても格好良く見えたから…。元教員の父は77年に沖縄・宮古高で野球をしていて県大会決勝で敗れて甲子園の土を踏めなかったそうです。

 好きなことをやらせてもらうからにはプロを目指そうと、高校生の頃に本気で思っていました。「好き」という気持ちだけでどこまでも野球を追いかけ続けられると思います。沖縄の子どもたちには特に、一人でも多く、夢をかなえてほしいなと心から思います。応援しています!(DeNA投手)

 ◆西武・与座海人、自然と遊んで

 子どもの頃は海に行ったり川に行ったり、自然の中で遊んでいました。自然に触れる機会が多かったです。僕の場合は野球でしたが、沖縄の子どもたちにも自分の好きなことを見つけ全力で打ち込んでほしいです。そうすれば、もっと好きになれると思いますし、うまくなれると思います。(西武投手)

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