藤波辰爾「50年の名勝負数え唄~WRESTLING JOURNEY~」<44>屈辱の『やめろコール』、そして大暴動…1987年12・27両国国技館

スポーツ報知
藤波辰爾

 プロレス界のレジェンド藤波辰爾(68)が今年、デビュー51年目を迎えた。16歳で日本プロレスに入門し、1971年5月9日に岐阜市民センターでの新海弘勝(北沢幹之)戦でデビューした。スポーツ報知では半世紀を超える数々の名勝負を藤波に取材。「藤波辰爾、50年の名勝負数え唄~WRESTLING JOURNEY~」と題し、毎週金曜日に連載する。44回目は「屈辱の『やめろコール』、そして大暴動…1987年12・27両国国技館」

 長州力が復帰した1987年。新日本プロレスは年末の12月27日に両国国技館で「イヤー・エンド・イン国技館」と銘打ったワンマッチ興行を開催した。

 メインイベントは、アントニオ猪木と長州力の2年4か月ぶりのシングルマッチ。藤波は、木村健吾と組んでマサ斎藤、ビッグバン・ベイダーとのタッグマッチが予定されていた。

 この大会が初来日だったベイダーは、秋にタレントのビートたけしがラジオのレギュラー番組でプロレス参入を掲げた「たけしプロレス軍団」(TPG)が送り込む刺客という設定でリングに上がった。藤波が入場したリング上でベイダーはビートたけし、ガダルカナル・タカ、ダンカンらたけし軍団のメンバーと共に入場。ここで軍団と斎藤がベイダーと猪木の一騎打ちを要求。あろうことか猪木がこれを受け入れ、発表されていたカードはすべてひっくり返され、猪木はベイダーと対戦し、セミは藤波、木村対斎藤、長州となった。

 多くの観客は、猪木と長州の一騎打ちを見るために切符を買っている。怒号と罵声、さらにリング上には抗議を込めて空き缶などのゴミが投げ入れられ、騒然とした中でセミファイナルのゴングが鳴った。

 「あの試合は思い出したくもない。一言だけ言えることは屈辱。それだけだった」

 観客は試合中止を要求し「やめろコール」が国技館を包んだ。

 「これまで僕と長州の試合はファンを熱くしてきたわけです。それなのに、『やめろ』というコールが出た。どうしてこんなことになってしまったんだって、悲しくてやりきれなかった」

 試合は、長州が6分30秒、リキラリアットで木村をフォールし終了。ファンの抗議を受けた猪木は、続いて長州とも一騎打ちを行い、さらにベイダーとも戦い、ベイダーには惨敗した。試合後、観客は暴動を起こし国技館の桟敷席などを破壊。新日本プロレスは国技館を管理する日本相撲協会から使用禁止を通告された。

 「絶対にあってはいけないことだったんだけど、今、思うと、暴動を起こすぐらいファンが熱かったんだなと思う。誰もが真剣に僕らの試合を見ていた。あの熱さは、どこか懐かしいという思いもある」

 激動の87年が終わり、藤波が決起する88年が来る。(続く)

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