【明日の金ロー】自由を奪われた者だからこそ、自由を求める王女を描くことができた?「ローマの休日」

スポーツ報知
見目麗しい王女を初主演で演じたオードリー・ヘプバーン TM,(R)& COPYRIGHT(C)2022 BY PARAMOUNT PICTURES.ALL RIGHTS RESERVED.

 13日の金曜ロードショー(後9時)は、公開から70年近くたった現在も色あせない不朽の名作「ローマの休日」(1953年、日本公開は54年)をデジタルリマスター版で放送。本作の「金ロー」登場は、実に18年ぶりとなる。

 とある国の王女・アンは欧州各国への親善訪問中、過密なスケジュールにストレスを感じ、ローマ滞在の日の夜、街へ抜け出す。ベンチで寝入ってしまった彼女を誰かも知らずに助けたのは、現地支局で働く米国の新聞記者・ジョーだった。翌朝、アンの正体を知ったジョーはカメラマンと一計を案じ、彼女をローマの街中に連れ出す。”特ダネ”をつかむためのもくろみだったはずが、アンとジョーの関係に変化が訪れる。

 ヒロインは言わずとしれたオードリー・ヘプバーン。先日、生まれ故郷のベルギー・ブリュッセルの生家近くの公園に、功績をたたえる胸像が設置されたことが報じられたのも記憶に新しい。キセルを持った写真が印象的な「ティファニーで朝食を」(61年)や、ミュージカル化もされた「マイ・フェア・レディ」(64年)などと並び、本作も代表作の一つとして挙げられるが、これが初の主演作だった。

 初ヒロインにして、当時は大スターだったジョー役のグレゴリー・ペックを相手に堂々とした演技を披露。従者を付けることなく自らの思いのままに街を歩く喜びや、初めて経験する庶民の楽しみへの好奇心を示す表情、一方で王女としての威厳に満ちたまなざしを見せるシーンなどを可憐(かれん)に演じ分けている。

 ヘプバーン演じるアンは、(ジョーはとっくに気付いていたが)身分を偽ることで自由を手に入れ、謳歌(おうか)した。それは、脚本家の深層心理が反映されているのかもしれない。原案、脚本を担当したのは「イアン・マクレラン・ハンター」。これは、現在では「ジョニーは戦場へ行った」(71年、日本公開は73年)などで知られるダルトン・トランボが友人の名前を借りて原案を書き、世に送り出した作品であることが分かっている。

 当時、トランボは「レッド・パージ(赤狩り)」(共産党員およびその関係者に対する、政府による公職追放)により、ハリウッドに足を踏み入れることができなかった。そのため”偽名”で作品を発表。世の中に自分の書いたものを出すという「自由」を求めて身分を偽ったというのは、どこかアン王女に通じるものが感じられるのではないか。

 ハンターは本作で、アカデミー原案賞(現在は廃止)を受賞。ただ、前述の通り書いたのはトランボだったことから、受賞から40年が経過した93年に、改めてトランボに同賞が贈られている。デジタルリマスターされた際のクレジットでは、原案はハンターからトランボの名前に書き換えられ、脚本にも名前が追加された。

 本作の後、トランボは57年にも同賞を「黒い牡牛」で受賞。その時は「ロバート・リッチ」名義でのものだった。どんな政治的な力も、「才能」の前には屈するしかないということなのだろう。(高柳 哲人)

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