茨城発のラジオ音楽番組が「日本のトレンド」になった理由…生歌披露の元NHKアナに聞く人気の秘密とは

スポーツ報知
「生歌王子」の異名を誇る茨城放送の石井哲也アナウンサー(カメラ・加藤弘士)

 LuckyFM茨城放送の音楽番組「Mucic Pick Up 80’s&90’s」(毎週火曜日22時~24時)がローカル放送の枠を超え、首都圏を中心に全国のアラフィフ、アラフォーのハートをわしづかみにしている。パーソナリティーを務めるのは元NHKアナウンサーの石井哲也さん(52)だ。なぜ茨城発のラジオ番組が今、全国で人気なのか。番組に懸ける熱き思いを聞いた。(取材・構成=加藤弘士)

 「ナウでヤングな青春時代にプレイバックします!」

 火曜夜、優しげな石井さんの声でオンエアが始まると、ツイッターのタイムラインは番組のハッシュタグ「#mp8090」で満たされていく。4月26日の放送ではハッシュタグつきでツイッター上に1400もの投稿があった。地方局のラジオ番組としては破格の数字だ。昨年11月9日にはハッシュタグが「日本のトレンド」に入る快挙も見られた。リスナーは「ナウヤン同盟」と呼ばれ、連帯感とともに番組を盛り上げる。

 「『ナウヤン同盟』とは、ナウでヤングなみんなと青春時代に戻る時間を共有するよ、という意味なんですが、この言葉はリスナーさん発のキーワードで、そこから定着したんです。番組で曲が流れている間、私はツイッターを見ているんですけど、ご意見やご感想がたくさん寄せられて、追い切れない時もあるほどです。さらには特集に合わせて、リクエストも200通以上いただけるんですよ。もはや自分の番組という感覚すらなくて、みんなで作り上げていくという感じです」

 石井さんは茨城県水戸市の出身。水戸一高から早大第一文学部を卒業後、1994年4月にNHK入局。アナウンサーとして高知から北九州、広島、富山などに赴任した。2008年を最後にアナウンス職から離れ、現場を後方支援する業務に従事。転機は2015年からの3年間、水戸放送局に勤務したことで訪れた。

 「茨城放送の方々と会う機会も増える中、せっかく帰ってきたんだから、故郷のために何か出来ないかなあと考えたんです。50代はチャレンジする年代にしたかった。このまま定年までいて、『人生が終わった時、それでいいと思えるのかな?』と考えたんですよ」

 給与面でも好待遇だったNHKを退局し、茨城放送に移籍したのは2020年9月のこと。10年以上離れていたアナウンサー業務にも再び戻ることになった。同時期に放送が開始されたのが「Music Pick up 80’s&90’s」だ。当初は1時間番組だったが、半年後には2時間に拡大。オンエアではNHK時代にはありえなかった「技」にトライしている。「生歌」の披露だ。

 「まだ1時間番組だった頃、西城秀樹さんの曲を紹介した際、『ハウスバーモンドカレー』のフレーズをモノマネしたんですね。それがすごく盛り上がって。『じゃあ歌も…』となった時、最初はちゅうちょしていたんです。でもワンフレーズ歌っちゃったら、ツイッター上で盛り上がって。それがいつの間にか…」

 気づいたら「生歌王子」との異名を誇る事態に。今では毎回10曲ほど「生歌」を披露している。「ナウヤン同盟」からは曲が流れている間、ツイッターで「この曲は生歌ありそう」との予測が寄せられることもある。

 「ツイッターで即座に曲への思いや番組への感想、意見が届きますし、要望にも瞬時に応えられたりする。それに対して私もやりとりをしていくうちに、『双方向』という気持ちが芽生えてきました。NHKにいた頃は、『放送』というだけに『放って送る』イメージが強かったんです。でも実はラジオって双方向こそが強みであり、魅力なんだなと感じるようになったんです」

 茨城放送が昨年7月、「radiko」の無料配信エリアを関東1都6県に拡大したことをきっかけに、リスナー数は飛躍的に急増。今年1月25日の放送では「奇跡」も起きた。ドリカム特集で「ナウヤン同盟」から曲にまつわる思い出が続々とツイッターにポストされる中、ベーシストの中村正人本人からの投稿があったのだ。

 「曲が流れている間にツイッターを確認したら、公式だと分かったので、すぐさま放送の中でお伝えしたんですね。そしたらリスナーさんがワーッと盛り上がって。ツイッター上では中村さんとのやりとりもあって…あれは本当にうれしかったですね」

 リスナーを満足させるための努力は惜しまない。茨城放送が誇る資料室にはLPレコードからEPレコード、CDとジャンルを問わず数多くの音源が並んでいる。番組前にはここに籠もり、どの曲を流すか徹底的に思案する。80年代の音源は敢えてアナログで流すこともあるという。

 「選曲に関しては一切手を抜かずに、並びについても直前まで考えたりしますね。リスナーのみなさんそれぞれがたくさんの思いを馳せて、番組を聴いて下さっている。その気持ちに全力で応えていきたいんです」

 母校・水戸一高は「一球入魂」でおなじみ「学生野球の父」こと飛田穂洲氏に、早大監督を務めた石井連蔵氏と野球殿堂入りした2人のレジェンドを生み出した高校野球の伝統校。石井さんも青春時代は高校球児として白球を握り、「1番・センター」のリードオフマンとして活躍した。この時の切り込み隊長としての魂が、今の番組制作にも生きているという。

 「まずは自分が出塁して、チャンスを作っていくという。チャレンジャーとしての気持ちを持って、今も番組に臨んでいます」

 今後の夢について聞くと、石井さんの瞳の奥が輝きを増した。

 「今はとにかくリスナーのみなさんが2時間、思いを共有して、楽しんでいただけるように全力でやっていきたいんですが、今後は故郷のために貢献したい思いもあります。北海道から沖縄まで、全国の皆さんに聴いて頂けるようになったからこそ、放送の中で茨城の魅力も随所に入れていきたい。リスナーの中にはアメリカから聴いて下さっている人もいます。全国に、そして世界に、茨城のいいところを発信していきたいですね」

 週に1度、「あの頃」に戻れる甘美な2時間。石井さんは今週もマイクの前へと座り、リスナーを青春時代へと誘う。それはまるで、タイムマシンの操縦桿を握るかのように。

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