元宝塚トップ高汐巴、50周年公演で母の「100歳旅立ち」を報告。1週間早い「母の日」

スポーツ報知
50周年公演で母の旅立ちを報告した高汐巴(株式会社高汐巴事務所提供、成木洋一撮影)

 きょう8日は母の日。4月末、宝塚の元花組男役トップスター、高汐巴の舞台50周年記念があったので東京・東池袋のあうるすぽっとに見に行った。

 公演に向けての取材を3月24日にした。しかしその日の朝、高齢の母親が心筋梗塞のような症状で倒れ、救急車で運ばれたことを漏らしていた。このお母さんと高汐の宝塚入りには深いつながりがある。ステージ終盤で母親との別れに触れた。

 「この公演のけいこは4月3日からでした。その前日、100歳で母は旅立ちました。カッコいいお母ちゃんでした」。ある知人に連絡する際、「心筋梗塞で」と言おうとしたところ、慌てて「近親相姦で」と言い間違え、恥ずかしい思いをしたという。おめでたい節目の公演の中に訃報を入れることは空気が一変するので勇気がいるもの。しかし高汐らしく、ユーモアを盛り込みながらの報告だったので全く湿っぽくならなかった。歌や芝居だけでなく、トークの手腕からも、50年間活動してきた理由が分かるようだった。

 京都生まれで京都育ちだった高汐は、子どものころ、両親が離婚して別人のようにふさぎこんでしまった時期があった。そのため大阪・豊中に住んでいた母親のもとへ。「母は宝塚が好きで、できたら自分も昔、入りたい気持ちがあったみたい」。その夢を娘がかなえたのだった。亡くなる前日まで関西の病院でしばらく、一緒に過ごすことができたという。

 娘が不安を抱えることなく、けいこに専念できることを願ったかのようなタイミングでの大往生。本人の「あっぱれな母でした」という言葉にも表れている。宝塚音楽学校に受かり、トップにまで登り詰め、50周年の公演まで。これらすべてが親孝行でもあった。

 ステージの一番最後で「母が旅立って、これから私自身がどう変わっていけるのか。それも楽しみです」と51年目に向けての意欲も見せた。1週間早い「母の日」だったが、高汐の姿を見ながら、「母の日」は存命関係なく、母親を大事に思い、自身の生き方を見つめ直す日なのだと教わった気がした。(記者コラム)

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