【プチ鹿島の本音】野球も政治も「番記者」と取材対象の適切な距離とは? 

スポーツ報知
プチ鹿島

 今回は「ご当地ネタ」です。というのもスポーツ報知の加藤弘士氏が書いたノンフィクション「砂まみれの名将 野村克也の1140日」(新潮社)が話題だからです。

 この本は野村克也さんがアマチュアのシダックスで監督を務めた3年間を掘り下げたもの。妻のスキャンダルで阪神の監督を追われたノムさんは野球界から「野村の居場所は消えた」とまで当時言われました。そのあとアマチュア球団の監督になったことで都落ち的なイメージも抱かれた。ところがシダックス時代は野村再生工場と言われた野村克也さん自身が“再生”した3年間だったのだ。野球の原点に触れて楽しそうなノムさん。野村本は星の数ほどあるけどこの3年間に注目した視点に唸(うな)りました。

 それもそのはず、本書は加藤氏の記者としての青春記でもあった。念願の野球担当になったとき、野村克也が取材対象となったのである。

 野球も政治も好きな私からすると、野球と政治の「番記者」は似ていると常々思う。取材対象に近づかないと知ることができないこともあるが、しかし関係が近すぎるのもおかしい。そこをどうするか。本書はメディア論・記者論というテーマも感じました。

 実際に、このところ政治とメディアの距離がよくニュースになります。最近では元首相の「顧問」を名乗った記者の振る舞いが報道されて呆(あき)れるばかりでした。しかし野村さんを前に奮闘していた加藤記者の本を読んだら拍手を送りたくなりました。野球記者のほうがよっぽど戦っていたではないか! それは鈴木忠平氏の「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」(文芸春秋)を読んでも思いました。取材の先に見えるのは読者なのか否か。本屋さんはこれらの本をメディア論のコーナーにも置いたらどうでしょう。(時事芸人・プチ鹿島)

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