13歳の鎌田美礼さんが現役最年少女流棋士に ゲーム「プロセカ」に夢中の中学2年生

スポーツ報知
5月1日付で女流棋士となった鎌田美礼

 日本将棋連盟は2日、付属の育成機関「関東研修会」に在籍する鎌田美礼(かまだ・みれい)さん(13)が5月1日付で新女流棋士(女流2級)になると発表した。13歳は現役女流棋士の最年少。中学2年生になったばかりの鎌田さんは「ほんとに実感がなくて、すっごいふわふわした感じです」と自身の気持ちを表現した。(瀬戸 花音)

 報知新聞社の一室でソファに座った少女は緊張した面持ちで背筋を伸ばしていた。鎌田美礼。名前の由来は「美しく、礼儀正しく」。好きな科目は「一度分かれば全部問題が解けるから」数学、苦手な科目は「運動が苦手だから」体育。休日には4時間以上、スマホの音楽ゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ!feat.初音ミク」をやりこんでいる。そんな少女が女流棋士になった。

 女流棋士になるには複数の資格規定があるが、鎌田さんは「研修会でB2クラスに昇級(資格取得時点で満27歳未満の女性)」の規定をクリア。4月10日にC1クラスからB2クラスへの昇級を決め、女流資格申請書を提出した。

 将棋を始めたのは小学生になる前、6歳のとき。学生時代から将棋をやっていたという父が将棋のルールを教えるためにハムスターと対戦するパソコンの将棋ゲーム「ハム将棋」に触れさせたのがきっかけだった。「興味があったから始めたんじゃなくて、ただなんとなくです」というが、その後すぐ、父に連れられて家の近くの茨城常南支部の道場に通うようになった。

 道場で同年代の子どもたちと将棋を指し始めると、持ち前の負けず嫌いが首をもたげる。「勝てたら楽しいけど、負けたら泣いていました」。小学3年生頃にはより強くなるために石田和雄九段が師範を務める千葉県柏市の柏将棋センターへ通うように。4年生で研修会に入った。

 その頃から将棋の勉強が忙しくなり、それまで習っていた水泳や習字やピアノをやめた。同じ頃、赤ちゃんの頃から続けていたキッズモデルの仕事も「人前ではきはき話すのが得意じゃないから」とやめた。残ったのは将棋だった。幼稚園の時、「大きくなったらロボットを作りたい」と発明家になることを夢見ていた少女は、小学6年で「女流棋士」を夢見るようになった。

 尊敬している棋士は同じ石田九段門下の高見泰地七段。理由は「私は序盤に自信があるけど、高見先生は終盤が強いから」だと話す。

 自分の性格を一言で表すと「おとなしい」というが、将棋で好きな戦法は「すっごい激しい勝負になるから」と角換わりを選ぶ。「一手一手に神経を使うところがすごく楽しい。ハメ手とか使えて、一手ですっごくよくなったりするから。手を深く読んでいくことが楽しいです」と笑みを見せた。

 道場で女流棋士になるお祝いをしてもらったことが「将棋をやっていて一番楽しかったこと」だという。変わることは何かと尋ねれば、「一局の重さ」と答える。「人に棋譜を見られたり、負けちゃうと対局数が減ることとか。棋譜を見られると、将棋をやってる人に自分の欠点とかを知られたりする。悪い将棋を指して、この人はこういうレベルなんだなって思われそうだなと思います。緊張感が出る」。そう語る丸い瞳には覚悟が見えた。

 大切にしている言葉がある。「盤上没我(ばんじょうぼつが)」。柏の道場に貼ってあるという師匠・石田九段の言葉だ。我を忘れるほど将棋に集中するという意味がある。「対局中に(その言葉を)ふと思い出して、もっと考えようって。一度集中したら、結構たくさん集中できる。ずっと考えたら、どんどん集中できるようになる」

 ピアノも水泳も好きだったという。ではなぜ、将棋を選んだのか。「将棋なら、一番上を目指せるかなって」。中学2年生でひとつ、夢をかなえた。次の夢は「女流タイトル戦挑戦」。まだあどけなさの残る表情を見せる少女が、頂に向かって手を伸ばし始めた。

 ◆鎌田美礼(かまだ・みれい)2008年6月24日生まれ。茨城県取手市出身。13歳。石田和雄九段門下。6歳で将棋を始める。小学2年生で第9回小学生駒姫名人戦一般戦クラスで3位。小学5年生の時、第13回小学生女子将棋名人戦で関東大会優勝、全国大会で3位。中学1年生で全国中学生選抜将棋選手権大会女子の部の茨城代表。得意戦法は居飛車角換わり。対戦してみたい女流棋士は上田初美女流四段。取手市立戸頭中学校2年。

将棋・囲碁

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