オシムさんからG大阪が受けた“タイトル獲得のレッスン”…勝利の後の悲しそうな顔が忘れられない

スポーツ報知
2005年J1第33節。ガンバ大阪・ジェフ千葉。勝利を喜び握手を交わす千葉イレブンの後方でガックリと肩を落とし座り込むG大阪のFWフェルナンジーニョ(中央)

 オシムさんは勝利の監督会見で、悲しい表情を浮かべていた。05年11月26日。この日、ジェフ千葉は首位のガンバ大阪をアウェーで破っていた。G大阪はこの敗戦で3連敗となり、84日間守った首位から陥落した。

 オシムさんは言った。「G大阪はリーグ戦で(攻撃的な)いいプレーをしてきた。うちがG大阪に勝ったことで、優勝の可能性をつぶしてしまったかもしれないという悲しみがある。ジェフ、G大阪、両者のためにならない現実だ」

 そして、監督は続けた。「笑っている人(記者)もいるが、決して笑いごとではない。今日の勝利は悲しい。私はそのようにこの結果を見た」

 G大阪担当として会見場にいた私の頭に「オシム語録」はすぐに入ってこなかった。むしろ、混乱した。なぜ首位相手の勝利を喜ばないのだろうか、と。

 この年のG大阪は11月に2度、“タイトルマッチ”でオシムさんの千葉に負けた。

 最初は「無冠」同士での決勝となったナビスコ杯の決勝。攻撃陣が自慢のG大阪は攻め手を封じられた。0―0で迎えたPK戦は、名手MF遠藤保仁が失敗。G大阪は「オリジナル10」で最後まで無冠のクラブとなった。

 雪辱の機会は3週間後だった。首位で迎えたホーム最終戦。勝てば、他会場の結果次第では初のリーグ優勝が決まる。しかし、この試合も得点は遠藤のFKだけで逆転負け。晩秋の万博は静まりかえった。後に日本代表を率いる西野朗監督は「1点を取ることの難しさ。何でこんなに取れないのか…」と天を仰いだ。

 ともにタイトルに手をかけた状態で受けた、敗戦というレッスン。でも今振り返るとこの2つの敗戦が、G大阪の第1期黄金期を作ったと思える。敗れても立ち上がり、自分たちの強みを理解して貫き通した。G大阪は最終節で川崎を4―2で下し、初タイトルを獲得。すると翌年以降は攻撃のパターンをより増やし、なにより自信を付けた。天皇杯、ナビスコ杯、そしてACLと「星の数」をどんどん増やしていった。

 訃報を耳にして、新聞やネットでたくさんの追悼記事を読んだけれど、今思い出すのは、G大阪に勝った後の、あの何とも言えない悲しそうな表情だ。本当に日本のサッカーのことを広く考えてくれていた人だった。どうか安らかにお眠り下さい。そしていつまでも天から日本サッカーを見守ってください。(デジタル編集部・田中孝憲=@CFgmb)

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