大野将平「無謀」でも29日柔道全日本出る 五輪連覇後初の実戦 日本武道館「運命的」

29日の全日本柔道選手権大会に向けて、練習に励む大野将平(カメラ・岩崎 龍一)
29日の全日本柔道選手権大会に向けて、練習に励む大野将平(カメラ・岩崎 龍一)

 柔道男子73キロ級で五輪2連覇の大野将平(30)=旭化成=が21日、練習拠点の奈良・天理大で練習を公開した。首などのけがのため、今月3日の全日本選抜体重別選手権を欠場したが、29日の全日本選手権(日本武道館)で昨夏の東京五輪後、初実戦に臨む考えを明かした。5年ぶり3度目の挑戦となる体重無差別の戦いへ「真っ向勝負を挑む。今までの柔道人生で培ってきたものをぶつけたい」と闘志を燃やした。

 73キロ級の五輪王者は息を切らしながら、100キロ超級や100キロ級の学生に挑み続けた。8日後に迫った全日本選手権。2時間の稽古を終え「素直にやりたくないなというのが本音。自分が一番バカだな、無謀だなと思いながら稽古をしている」と苦笑しつつ、「今持っている体と技術、心。あるもので戦っていくしかない。30歳・大野将平の今までの柔道人生で培ってきたものをぶつけてみたい」と気持ちを奮い立たせた。

 世界最強となったリオ五輪後、求めたのは「自分を倒す稽古」だった。自身の弱みに向き合い続けた。だが、五輪2連覇を達成後、課すハードルは高くなる一方だった。「組み手で負けたりとか、ちょっとしたことでも許せない自分がいた」。つらく、苦しい日々の稽古にも気持ちが乗らない。それでも「強くなりたい」から「強くありたい」へ変化した思いに少しでも近付くため、畳に上がり続けた。

 真の日本一を決める無差別の戦いへの思いも原動力となった。3月18日に負傷し、全日本選抜体重別選手権を欠場した。全日本選手権も危ぶまれる状況だったが「最悪、稽古ができなくても出ようというモチベーションは持っていた」。復帰戦の舞台が五輪会場の日本武道館という偶然も「運命的なものを感じる。やる気を駆り立てるには一番のものだった」と明かした。

 過去2度出場し、軽中量級の選手が勝つことの難しさは理解している。勝機も見いだせていない。それでも「『柔よく剛を制す』という言葉は残念ながら私の辞書には載ってなかった。大外刈り、内股。自分の柔道スタイルで真っ向勝負しか頭にない」。金メダリストとして、生きざまを貫くつもりだ。(林 直史)

 ◆大野将平に聞く

 ―全日本選手権を控えた今の心境は。

 「素直にやりたくないなというのが本音。(3月中旬に)けがをして、十分ではないのを自分で一番理解しながら稽古をしている。その中で久しぶりに重量級、特に100キロ超級の選手を相手に稽古をしていると、恐怖心の中にかすかに柔道の醍醐(だいご)味、魅力、楽しさが見えてくる。乱取りの本数を重ねるにつれてそういった部分が見えてくるので、『稽古をしているな』と自分で感じている今日この頃かなと」

 ―やりたくないと思う理由は。

 「東京五輪が終わってから、稽古というのはやはりつらく苦しいものであって、どうしても気持ちが乗らない日がほぼ毎日。その中でも修行だと思って自分と向き合い続ける中でやはり試合、大会というものがある。目指すべき場所があるということで、モチベーションが上がらない中でも自分の中でやらなければいけないという気持ちが芽生えて、やりたくない中でも自然とエネルギーになって、自分を動かしているような、そんな感覚を持っています」

 ―稽古では楽しそうな様子も見えていた。

 「体を動かし始めると自然と根っから柔道家なんだろうなとは感じます。いい年こいて、重量級と組み合って真っ向勝負を挑む。自分が一番バカだな、無謀だなと思いながら稽古をしているので。全然勝機が見つからないというか、稽古をやりながら、自分が100キロを超える体を持ってたら良かったのになとか、ないものねだりになってしまうけど、そういったことも考えながら。でも自分が今持っている体と技術、心。あるもので戦っていくしかないので。30歳・大野将平の今までの柔道人生で培ってきたものを全日本選手権にぶつけてみたいなとは思っています」

 ―出場することについて迷いはなかったか。

 「自分の中では五輪と全日本選手権が二つで一つみたいなところはあった。重量級の選手と違って、我々小さい人間はどうしてもけがのリスクだとか、大会のタイミングとかで出場を考えなければいけない。全日本選手権に出場できるのも今回で3度目。自分としては今回が最後だと思っいてますし、30歳の節目で最後の全日本選手権、最後の日本武道館での試合になりそうな予感がします。予選から勝ち上がって出場という夢は描いてはいるけど、そんなに甘い世界ではないので。これから推薦をもし取っても、出場するかどうかも考えなければいけなくなる。そういった意味では最後かなと思います」

 ―3月18日に負ったケガの状況は。

 「正直言って、よろしくはないですね。稽古不足というのも間違いなくあると思います。(今月3日の)福岡の全日本選抜体重別選手権は国内で久しぶりに有観客で開催されるということで、減量もしてリミットまで戻せた中でけがをした。地元が山口ということで、これから先の自分のキャリアを考えると、家族に自分の試合、柔道を生で見てもらう機会も限りなく少ないんじゃないかなと。自分の柔道家としての生きざまを見せたいという強い気持ちはあったが、けがをしてしまって回避することになった。ですが東京五輪から初めて試合に出る場が無差別の全日本選手権、日本武道館。不思議な運命的なものも感じていますし、自分のやる気を駆り立てるには一番のものだったんじゃないかなと感じます」

 ―大会の目標は。

 「正直、今は出場しか見てないですね。けがの状態もある。重量級の選手と稽古を積んでいる中で、けがを感じる場面というか、恐怖を感じる場面が実際多々ある。予期せぬけがも間違いなくあるので、ギリギリまで集中して稽古に取り組んだ結果、まずは武道館の畳に上がっていることが一番の目標。そして次の目標は1つ勝つこと。(初戦の相手で)関東で1番の前田(宗哉)選手は大外刈りの選手という認識はある。相四つなので、真っ向から大外刈りを打ちにいきたいなと思います」

 ―初戦を突破すれば、100キロ超級の斉藤立(国士舘大)と対戦する。斉藤のイメージは。

 「体重をごまかしている(笑い)。実際170キロぐらいありますよね。僕が前に聞いた時は『150キロちょっとです』と言ってたんですけど。実際160キロだろうが170キロだろうが体重にしたら自分の倍ある。自分自身がどれだけ食べて臨んでも80キロに乗らないので。そこの山は同期の羽賀(龍之介)や後輩の中野(寛太)がいて、すごい過酷なところだとは理解してます。自分自身そんなに先を見れるような選手じゃないので、1回戦の前田選手と、柔道ファンの方が望むような試合ができればいいなと思っています」

 ―金メダリストが全日本選手権に出る意味

 「五輪、世界選手権とタイトルを取らせてもらって、そして三大タイトルと言われる全日本選手権。どうしても我々体の小さい選手は取れないタイトル。昔と違ってゴールデンスコアの延長戦。旗判定も足取りもなくなって組み手も厳しい。そういった制限がかかっている中で我々が勝ち上がるのはほぼ不可能なこと。その中でも、誰もが最初は最強を夢見るじゃないですか。当たり前の事実に少しでもあらがってやろうと。あがいて、もがいてやろうというようなひねくれた考えを持っています。私だけじゃなくて、今回はオリンピアンの高藤(直寿)選手、向(翔一郎)選手、原沢(久喜)選手も出る。全日本選手権の価値というのを選手が今一度、高めていきたい。この無差別、日本で真の一番の柔道家を決める大会というものの価値を。我々が子どもの頃見ていた篠原(信一)先生や井上(康生)元監督、鈴木(桂治)監督、棟田(康幸)先輩だとか。重量級の華やかな時代がもう一度戻ってくること。そして最重量級で日本からチャンピオンが生まれることを自分自身も期待してますし、願っています」

 ―勝負の鍵は。

 「鍵はないですね。負けに向けて戦いにいくようなところがあるので。残念ながら、我々に優しいルールではない現代。軽量級らしく、うまく賢く戦うという方法もある。『柔よく剛を制す』という言葉がありますけど、残念ながら私の辞書には載っていなかったので。あくまでも真っ向勝負。軽量級らしく戦う気なんかさらさらないし、重量級に対しても奥襟をたたきにいこうと思ってます。大外刈り、内股、自分の得意な柔道スタイルで真っ向勝負しか頭にないです」

 ―どういった挑戦の場にしたいか。

 「柔道ファンが喜んでくれるような。(コロナ禍で)有観客になりましたけど声援は制限されている中で、思わず声が出るような、そんな試合を表現したい」

 ◆大野将平の東京五輪後

 ▽21年8月1日 メダリスト会見に出席。24年パリ五輪については「3年後を考えられる年でもない。実際、体もボロボロだし、ゆっくり自分と相談して考えたい」と明言を避けた。

 ▽22年1月7日 都内で代表合宿に参加。パリ五輪は「秘密です。見守ってくださるとありがたい」引き続き慎重な姿勢を示した。

 ▽3月18日 稽古中に故障し、五輪後初実戦の予定だった全日本選抜体重別選手権を欠場。関係者によると、首と肩を痛めた。

 ▽4月11日 稽古再開。

 ▽同14日 全日本柔道連盟の強化委員会で9月の杭州アジア大会代表に選出。

 ◆全日本柔道選手権 講道館柔道の創始者・嘉納治五郎氏の没後10年にあたる1948年、全国の柔道人が一堂に会し、技を競い合う大会として開催。階級ごとに競う全日本選抜体重別選手権は66年から行われているが、体重無差別で「真の柔道日本一」を決める大会として位置づけられている。大野は過去2度、全日本に挑み、2014年は3回戦、17年は初戦の2回戦で敗退した。

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