コロナから甦生したアントニオ猪木番カメラマン・原悦生さんの“もぐり”撮影…25回目の4・4引退記念日

原悦生カメラマン(左)とアントニオ猪木氏(本人提供)
原悦生カメラマン(左)とアントニオ猪木氏(本人提供)

 アントニオ猪木氏(79)が1998年4月4日に引退して24年。きょうは25回目の引退記念日ということになる。猪木氏を撮り続けた写真家・原悦生さん(66)が写真本「猪木」(辰巳出版 G SPIRITS BOOK、2530円)を出版。刷り上がったばかりの著作が届いて見たら、448ページ(単行本サイズ)の大作だった。

 猪木論者の第一人者は直木賞作家の村松友視氏か元「週刊ファイト」井上義啓編集長だが、エッセイさんは、間違いなく猪木氏を撮り続けた第一人者だろう。「“闘魂”を50年撮り続けた写真家の記憶と記録」という文言を見て、50年というキャリアに驚かされた。

 50年前と言えば、ちょうど旗揚げ50周年を迎えた新日本プロレスの創世記にさかのぼる。エッセイさんは16歳、高校1年の時にチケットを買って入った新日本の旗揚げシリーズ(1972年、水戸大会)のリングサイドに勝手に入って一眼レフのシャッターを切っていた。もっと驚いたのは、1976年6月26日の猪木VSムハマド・アリ(日本武道館)のリングサイドにも最上階のチケットで入場して潜り込んでいた事実が、この著作で明らかになった。

 場外フェンスが無かった時代とはいえ、あの試合はリングサイドカメラマンは支給された緑の帽子をかぶっており、“もぐり”はあり得ない世界。ちょうど空いていたスペース(おそらくカメラマンはフィルム出稿で場を離れていた)に一瞬だけ入って激写したのだ。写真本にはその4コマが収められている。

 モノクロ写真と撮影記で猪木氏の半生をあぶり出しているが、これはエッセイさんの半生記でもある。至近距離で目撃した“世紀の一戦”(アリ戦)、目の前で起きた「舌出し失神事件」(ハルク・ホーガン戦)、東京体育館の天井から撮影した「延髄斬り」(ストロングマシン2号戦)、巌流島で感じた「闘いのロマン」と「男の切なさ」(マサ斎藤戦)、“伝説の革命家”フィデル・カストロ議長が流した涙、感動的だった「人質解放のダァーッ!!」、猪木は北朝鮮で「力道山」になった(リック・フレアー戦)…などプロレスファンなら見たことのあるシーンの数々。私が好きだった国会議事堂の前でリングシューズにガウン姿の猪木氏が「スポーツ平和党」の看板を持つ“国会に卍固め”画像が収められていた。

 難病で入退院を繰り返している猪木氏は「元気ですかーッ! 元気があれば何でも出来る、僻地も、危険も、顧みず、素晴らしい写真を撮ってくれました! その一瞬一瞬が人生の宝になる!」と推薦文を寄せた。実はエッセイさんは2020年11月に新型コロナウイルスに感染し、肺炎で重症患者となり、生死をさまよっていた。集中治療室では猪木氏の海外遠征に随行する夢をみていたという。猪木氏は今年の新日本プロレス「旗揚げ記念日」(3月1日・日本武道館)の50周年セレモニーにたどりつけなかったが、エッセイさんの姿はあった。猪木氏の化身だったのかもしれない。(不定期プロレスコラム・酒井 隆之)

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