【HAKONE LIFE】「日本一強い」東洋大牛久高の 山本浩之監督「一緒に走って生徒の力を引き出したい」

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陸上トラックでの練習で、選手たちを引っ張り、先頭で走る山本浩之監督(カメラ・宮崎 亮太)

◆東洋大牛久高・ 山本浩之監督(35)

 「日本一速い監督」が立大・上野裕一郎監督(36)なら山本監督は「日本一強い監督」だ。2月の大阪マラソンは中間点を1時間3分33秒で通過。終盤、ペースが落ちて2時間18分15秒で53位だったが、積極果敢に存在感を発揮した。5000メートル13分台を連発する上野監督にスピードでは劣るが、持久力では負けない。ちなみに2人は07年箱根駅伝3区で直接対決している(上野監督が区間賞、山本監督が区間5位)。

 コニカミノルタで活躍していた山本監督に転機が訪れたのは1年前。21年のニューイヤー駅伝に出場していたが、チームからコーチ就任を打診され、ほぼ同じタイミングで茨城・東洋大牛久高からも男子駅伝部監督就任の誘いを受けた。「中学や高校の指導者になりたい、という希望を持っていました」。東洋大時代に教員免許を取得していた山本監督は大胆な転身を決断した。

 異色の経歴を持つ。埼玉・川口北高時代はサッカー部に所属。校内持久走大会で断トツ優勝の走力を見込まれ、3年時に陸上の大会に出場すると、3回目の5000メートルで14分42秒をマーク。東洋大の佐藤尚コーチ(当時)に能力を評価され、入学。1年から箱根駅伝に出場。4年時には2区を走り、東洋大の初優勝に貢献した。

 高校時代、ほとんど陸上経験がないことは、常識にとらわれないという強みにつながっている。「全盛期に比べれば力は落ちていますが、まだまだ高校生を引っ張って走れる。一緒に走って生徒の力を引き出したい」と意欲的に話す。

 主力の秋山壱期(2年)は「山本監督は目の前で走ってくれるので心強い。僕も将来、山本監督のように箱根駅伝を走りたい」と目を輝かせて話す。「箱根への道」を目指す生徒とともに、山本監督は力強く走り続ける。(竹内 達朗)

 ◆山本 浩之(やまもと・ひろゆき)1986年4月30日、埼玉・与野市(現さいたま市)生まれ。35歳。川口北高時代はサッカー部で豊富な運動量を生かし、サイドバックからFWまで幅広くプレー。3年時に陸上を始め、2005年に東洋大入学。箱根駅伝は1年7区13位、2年3区5位、4年2区17位。09年にコニカミノルタ入社。自己ベストは1万メートル27分55秒40、マラソン2時間9分12秒。家族は妻と1男1女。172センチ、54キロ。

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