戦時下の北京パラ閉幕…刈屋富士雄氏「五輪もパラも消滅してしまう」今こそ平和への強い信念を

スポーツ報知
元NHKアナウンサーの刈屋富士雄氏

 第13回冬季パラリンピック北京大会は13日夜、北京市の国家体育場(通称「鳥の巣」)で閉会式が行われ、閉幕した。ロシアによるウクライナへの軍事攻撃が続く中、障害者スポーツの祭典は戦時下での開催を余儀なくされた。戦争加害者であるロシア、ベラルーシの選手らが排除された背景には何があるのか。夏冬通算16大会で五輪の実況、取材に携わった元NHKアナウンサーの刈屋富士雄氏(61)=立飛HD執行役員スポーツプロデューサー=が特別寄稿し、今大会を考察。五輪・パラ大会の存続危機を論じた。

 五輪、パラリンピックは近い将来、なくなるのではないか。戦時下の北京パラ大会を見て、それが現実味を帯びてきたと感じた。

 国際パラリンピック委員会(IPC)は、ロシアと、ウクライナへの攻撃に加担したベラルーシ両国の約80選手を大会から除外した。一度は個人の参加を認めたものの、大会の安全を確保できないという判断からだったが、安全を確保するための対処や参加資格の議論すらされなかった。戦時下でなければ、スポーツと政治は別であり、選手個人の権利を守るのであれば個人の資格で出場を認めるのが原則だ、という声も上がっただろう。だが、世界は何の抵抗も違和感もなく「排除」を受け入れた。

 戦争という狂気の中では、大勢多数の意見は、話し合いをすべきだという少数派をのみこみ、その少数派も次第に同調し、時代の空気に流されていくものだ。憎むべき相手はプーチンであり、この暴君を支持する体制であるのに、そうはならなかった。北京パラ大会では戦争を起こした国はアスリートも含めて制裁を科しても良いという風潮になり、国際オリンピック委員会(IOC)、国際競技団体も追従した。確かにウクライナの人々の苦しみは計り知れない。ただ、事実として怖さを感じたのが、耐えがたい状況が原則も価値観もあっという間に変えてしまうということだった。

 先の北京五輪でのロシア出身女子フィギュア選手のドーピングでスポーツの生命線である公正さが崩れ、北京パラでは一方的な排除により公平さがいとも簡単に失われた。大会ボイコットの応酬となった1980年代の東西冷戦の悪夢が再びよみがえりつつあり、核戦争の危機すらある中、もはや五輪・パラはいらないのではないかという声も今後は上がるだろう。だからこそ、いま一度、政治とスポーツは別なのだということを、見つめ直さなければならないと私は思った。

 憎むべきは暴虐と圧政を強いる者だ。それを身を持って伝えたのが、68年メキシコ市五輪の「静かな抵抗」としても知られるチェコスロバキアの女子体操選手、チャスラフスカだった【注】。ソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍の戦車に母国の民主化運動「プラハの春」を踏みにじられ、自身も迫害から逃れながら五輪に参加。政治的圧力が働いたのか、床運動ではソ連選手とダブル金メダルになったが、彼女は表彰台で敵国の選手をにらむことなく、目の前に揚がるソ連の国旗と国歌に対し、静かに顔を背けた。政治とスポーツの境界線がなくなったいまこそ、尊ぶべき精神ではないだろうか。

 理想は平和な時にしか尊重されず、有事ではもろいものだ。国連の休戦決議の共同提案国でもあるロシアの協定破りを振り返れば、私たちの世界は、いかにぜい弱で、薄っぺらく、不安定な秩序の上に成り立っていることも思い知らされた。

 「平和だから五輪が開かれるのではなく、五輪を開くために平和でいつづけようという気持ちがなければ、五輪はあっという間に消えてしまう」

 これはNHKアナウンサーの大先輩で、76年モントリオール大会などの五輪実況を務めた西田善夫さん(16年2月27日死去、享年80)の言葉だ。どんな状況にあっても世界の人たちが4年に1度、集まろうという強い意志があってこそ五輪、パラ大会は開催できるのだと説いた。

 昨夏の東京五輪もそうだった。新型コロナという人類の敵が現れ、日本国内に大会は開催しなくてもいいという風潮が生まれた。北京パラの「排除」に似た、同調圧力のような空気がはびこったが、東京に集まろうという強い意志を持った世界中の人々に支持され大会を開催できた。そこには国境も壁もなかったはずだ。

 時代の空気に流されない、圧力に屈しない、強い信念がなければ、五輪、パラ大会は近い将来、本当に消滅してしまうだろう。

 【注】ベラ・チャスラフスカは64年東京、68年メキシコ市大会で計7個の金メダルに輝き、日本では「オリンピックの名花」と呼ばれ人気を博した。68年の母国の民主化運動「プラハの春」を支持。ソ連の迫害を逃れながら身を隠して参加にこぎつけたメキシコ市五輪本番では、抗議の意を示すため濃紺のレオタードで競技を行った。

 ◆刈屋 富士雄(かりや・ふじお)1960年4月3日、静岡・御殿場市生まれ。61歳。早大時代は漕艇(そうてい)部所属。83年にNHK入局、2020年4月に退局。大相撲、陸上、体操、フィギュアスケート、競馬などを中心に28競技の実況を担当し、五輪は夏冬通算16大会で実況、取材。04年アテネ夏季五輪の体操男子団体決勝での「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」など多くの感動的な実況フレーズを残した。

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