羽生結弦「報われない努力」の裏側 北京五輪担当・高木記者が見た

9日、北京五輪のフリー前日練習で真剣な表情をみせる羽生結弦
9日、北京五輪のフリー前日練習で真剣な表情をみせる羽生結弦

 あの足で跳んだ。冒頭のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)は右足一本で氷を捉えた末の転倒。羽生結弦(27)=ANA=は立ちあがると両手を広げ、着氷のポーズを取った。「全部出し切った。あれが僕のすべて」。故障から25時間後の「天と地と」には、挑戦者「羽生結弦」の生きざまが詰まっていた。

 フリー前日の9日、練習中に右足首を捻挫した。8日のショートプログラム(SP)は悔しい8位。「フリーで絶対に4回転半を決めてやる」。完成に近づけるために、貴重な40分間を費やすはずだった。

 練習開始から26分後の11時26分。5本目の4回転半のトライは空中で思い切り体を締め、回しに行った。激しい衝撃音が、何が起きたかを語った。静かに起き上がった。右足が痛いというそぶりは見せようとしない。時おりうつむき、天を見上げ、氷上をゆっくり行き来した。葛藤が見えた。跳びたい、跳べない。

 3分後。その場で試した1回転は、着氷で足首が体重を支えきれずに傾いた。羽生は右足の靴ひもをきつく結び直した。両手で足首をポンポンと2回包むようにたたいた。なんとか固定し、跳ぼうとした。何度も右足に重心をかけ、確認。3回転ループを跳んだが、オーバーターン。また靴ひもを結び直した。「なぜ今なのか」。見ている側も、思わずにはいられなかった。

 練習後の取材エリアを「ありがとうございます。明日頑張ります」とだけ言って足早に行った。多くを語る気はないオーラがバンバンに出ていた。気付けば通り過ぎた羽生に向かって叫んでいた。「足は大丈夫ですか?」。羽生は歩きながら左拳を突き上げた。表情はわからなかった。言葉はなかった。背中と拳。確信するには十分だった。痛かろうが、なんだろうが羽生は五輪のリンクで4回転アクセルに挑む。

 当日朝の公式練習は、曲かけを行わずに20分であがった。6分間練習の直前に、痛み止めの注射を打った。右足の感覚がない状態で跳んだアクセルが、本番の一本だった。「けがをしていて、追い込まれていて、ショートも悔しくて。いろんな思いが渦巻いた結果としてアドレナリンがすごく出て、自分の中でも最高のアクセルができた」。サルコーの転倒はあったが、あれだけの大技に挑んだ後もほぼミスなく滑り切る強さがあった。

10日の男子フリー、演技を終えあいさつする羽生
10日の男子フリー、演技を終えあいさつする羽生

 「正直、これ以上ないぐらい頑張った。報われない努力だったかもしれない。でも一生懸命頑張った」

 「報われない努力」。羽生が言うから響く。以前「努力はうそをつく。でも無駄にはならない」という言葉を残している。努力を諦めるのとは違う。正しい努力を積み重ねてきた。昨年4月の国別対抗戦で目にした4回転半の練習に、恐怖を覚えた。体を打ちつけ、膝を腫らし、それでも跳び続けた。昨年末の全日本選手権後に言った「死ににいくようなジャンプ」。決して大げさな表現ではない。

 羽生を取材するようになって、本当の「全力」の意味を知った。平昌五輪後「唯一のモチベーション」に掲げた大技に4年間をささげた。「4回転アクセルのために生きている」と言った羽生に、それはどんな日々かと聞いたことがある。「修行僧みたいな感じ。リンク行って、練習して、帰ってきて、ご飯食べて、トレーニングして、お風呂入って、寝るみたいな」。もう何年も、スケートのために多くのことを捨ててきた。

 羽生にとっての一つの指標に「自信の塊だった」9歳の自分がいる。「お前下手くそだな」と言われながら、歯を食いしばり夢を追った。「でも今回のアクセルは、褒めてもらえた」。共に歩んだ最強の自分からの褒め言葉が、報いになっていてほしい。大会最終日のエキシビション後の囲み取材。「また、どこかで」と両手を振り去っていった。気になる今後については明言しなかった。全身全霊をかけた闘いの直後に決断を迫るのは酷だ。「羽生結弦のスケート」を極めるフィールドはどこになるのか。それは、羽生だけが決められることだ。(高木 恵)

9日、北京五輪のフリー前日練習で真剣な表情をみせる羽生結弦
10日の男子フリー、演技を終えあいさつする羽生
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