【箱根への道】青学大新主将・宮坂大器「これまで以上に泥臭く」3大駅伝出場なしも原晋監督リーダーシップに太鼓判

スポーツ報知
青学大の飯田前主将(左)は宮坂新主将に金言を授けた

 第98回箱根駅伝(1月2、3日)で往復路を制し、総合新記録(10時間43分42秒)で2年ぶり6度目の優勝を飾った青学大の新主将に宮坂大器(3年)が就任した。青学大では箱根駅伝で初優勝した15年(14年度)以降としては、3年時までに学生3大駅伝未出場の選手が主将を務めるのは初。今回の箱根駅伝で4区3位と好走し、王者返り咲きに貢献した飯田貴之前主将(4年)は、宮坂新主将に「金言」を授けた。

 青学大の新主将は異例の人選となった。学生3大駅伝未出場の宮坂が3年生のミーティングで選出され、その後、チーム全体のミーティングを経て、王者の新リーダーに決まった。

 青学大が箱根駅伝に初優勝した15年(14年度)以降、3大駅伝未出場の選手が主将に就任するのは初めて。「本当は今回の箱根駅伝に出走して、主将に就任したかった。でも、主将をやると決まった以上、全力で務めます。青学大の伝統を引き継ぎ、練習場では厳しく、寮内では居心地のいいチームをつくりたい」と宮坂は“所信表明”した。

 宮坂は主将にふさわしい責任感を持つ。今年の箱根駅伝では7区に登録されたが、当日変更で岸本大紀(3年)に出番を譲り、補欠に回った。「1月3日の(当日変更締め切り時間の)午前6時50分まで集中して、走る準備をしていました」。新チームの初練習となった同5日には目をギラギラさせて練習場に現れ、積極的に先頭で走った。

 「リーダーシップは抜群。いい男です」と原晋監督(54)は宮坂の人柄に太鼓判を押す。その上で、「今回、ギリギリでメンバーから外れたが、そのまま7区を走っていれば区間賞か、区間賞に近い走りをしていたはず」と競技力についても高く評価する。

 不退転の決意で臨むラストシーズンだ。青学大主将としての初レースは気合が空回りした。1月9日、東京・北区新荒川大橋野球場発着の公認コースで開催されたハイテクハーフマラソンに青学大勢は20人が出場。1時間2分26秒で優勝した関口雄大(3年)を筆頭に7人が1時間2分台、6人が1時間3分台で走破した中、宮坂は1時間5分46秒でチーム19位と苦戦した。それでも、宮坂は新主将らしく「新チームも力があることを示せたと思います。一選手として僕はダメでしたが、へこんでいる暇はありません」と気丈に話した。

 宮坂の前向きな気持ちは「キャプテン第2戦」で好結果につながった。

 今月6日の別府大分毎日マラソン。飯田、横田俊吾(3年)、西久保遼(3年)と共に42・195キロに初挑戦した。32キロまで先頭集団に食らいつく積極的なレースで学生トップの14位。日本学生歴代19位となる2時間12分9秒をマークした。「35キロ以降、きつかったけど、楽しかった」と充実の表情だった。2時間20分13秒を要した飯田は「宮坂、強い」と、たたえた。

 別府大分毎日マラソンを終えた後、飯田は東京・町田市の選手寮を退寮。最後に宮坂へ主将としての心構えを伝えた。

 「青学大の主将は競技でも競技以外でも苦しむことが多い。(20年度主将の)神林(勇太)さんはケガをして最後の箱根駅伝を走れなかった。僕も4年生の時、2度も故障したし、全日本大学駅伝ではアンカーで負けてしまった。確かに大変だけど、それ以上にやりがいがある。まだ、宮坂は学生3大駅伝を走っていない。一選手として駅伝メンバーに選ばれることに集中すればいい。その姿勢がチームに好影響を与えると思う」

 飯田の“金言”に宮坂は「一選手としてチームメートを追いかけていきます。3大駅伝はすべて走りたい。これまで以上に地道に泥臭く練習を重ねます」と深くうなずいて答えた。

 宮坂が1年時は鈴木塁人、2年時は神林、3年時は飯田が主将が務めた。「歴代キャプテンの皆さんはカリスマ性があった。強くて、優しい。僕も少しでも近づけるようになりたい」。青学大キャプテンという重みのある“タスキ”は、飯田から宮坂に託された。(竹内 達朗)

 ◆宮坂 大器(みやさか・たいき)2000年10月4日、埼玉・川越市生まれ。21歳。川越市立砂中1年時から陸上を始める。理由は「球技が苦手だったから」。3年時に全国大会1500メートル優勝。埼玉栄では全国高校駅伝2年1区30位、3年4区7位。19年に青学大国際政治経済学部入学。自己ベストは5000メートル13分54秒15、1万メートル28分34秒23、ハーフマラソン1時間2分26秒。趣味はゲーム。尊敬する選手は同期のエース近藤幸太郎。171センチ、54キロ。

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