実は頑固な天才スキップ…藤沢五月ってこんな人

スポーツ報知
藤沢五月(ロイター)

◆北京五輪 ▽カーリング女子(20日・国家水泳センター)

 女子決勝が行われ、世界ランク7位の日本代表「ロコ・ソラーレ」は、同8位の英国に3―10で敗れたが、史上初の銀メダルを獲得した。18年平昌五輪銅、22年北京五輪銀と一歩ずつ、歴史の扉を開いてきたロコ。悲願の金メダルを目指し、新たな挑戦が始まる。

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 カーリングを始めた5歳の頃、藤沢はこんな夢を描いていた。「大人になれば五輪に行ける」。北見市のカーリング場には4年に1度、当たり前のように飾られる「オリンピック、○○選手出場」の垂れ幕。1998年長野五輪男子で北見市常呂町出身の敦賀信人(まこと)さんが、子供たちにサインを求められている姿を見て「うわ~、すごいなあ」と憧れた。

 「五輪に行きたい」と、高校卒業後は強豪・中部電力に加入。「天才スキップ」と名をはせ、日本選手権で4連覇。しかし、なぜか五輪の神様には見放され、地元に帰るか悩んでいた。そんな時、本橋さんから食事に誘われ、「私たちは次に進んでいるよ」と励まされた。本橋さんは自分のポジションを譲ってまで藤沢を誘った。生まれ故郷でもう一度、世界を目指そうと決めた。

 藤沢の師匠は父・充昌さん。ジュニア時代は師弟関係で、指導、送迎、合宿の引率も全て父。中学生の頃は、親子で混合ダブルスの大会に出場し、最後はけんかで終戦。「お互いに『自分がうまい』と思っていたので作戦を譲り合えなかった」と笑って振り返る。

 しかし、父がいなければここまでカーリングを好きにはなれなかった。「カーリングを教えてくれたのは父であって、楽しさを教えてくれたのも父」。9月の代表決定戦では2連敗と崖っ縁に追い込まれた時、「追いついた方が有利だぞ」と父からメッセージが入り、逆襲した。父は、時に心の支え。かけがえのないメンバーとともに、夢舞台で感謝のプレーを届けた。

藤沢五月「うれしさ半分、悔しさ半分。4年前とはメダルの色も変わったんですけど正直、悔しさの方がある。このチームを本当に心から誇りに思う」

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