荻原次晴さんが複合団体メダルの理由を語る「山本選手はレースの駆け引きにのまれなかった」

スポーツ報知
銅メダルに喜ぶ日本の山本涼太(ロイター)

◆北京五輪 ▽ノルディック複合団体(17日・国家クロスカントリースキーセンターほか)

 団体ラージヒルで、日本は渡部暁斗、渡部善斗(ともに北野建設)、永井秀昭(岐阜日野自動車)、山本涼太(長野日野自動車)の布陣で臨み、銅メダルに輝いた。前半飛躍(ヒルサイズ=HS140メートル)で4位につけ、後半距離(20キロリレー)で順位を上げた。五輪の団体表彰台は、1994年リレハンメル大会(金メダル)以来28年ぶり。エースの渡部暁は通算4個目のメダルとなり、冬季五輪日本勢で単独2位となった。元ノルディック複合日本代表の荻原次晴さん(52)が、日本のメダル獲得の要因を語った。

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 全員が役割を果たせたことが銅メダルにつながりましたが、強いてMVPを挙げるならアンカーの山本選手。日本は前半飛躍であまり差をつけられず、後半距離は混戦になるだろうと思いましたが、善斗選手、永井選手、暁斗選手がしっかりと先頭集団から離れず、アンカーの山本選手にバトンをつなぎました。

 山本選手は混戦に強いので、チャンスはあると思いましたが、予想以上に頑張ってくれました。粘れた要因はレースの駆け引きにのまれなかったこと。経験の浅い選手は前に出されてしまい、他選手の風よけに使われて体力を消耗してしまいます。でも、山本選手は惑わされず冷静にレースを展開しました。前に出なかったことが、最後にあれだけスパートをかけられた理由だと思います。さらにレース終盤は呼吸が辛くなり、脳に酸素がまわらず冷静な判断ができなくなることもあります。しかしレース中、常に落ち着いている姿が印象的で、彼の成長を感じました。

 今大会の試合はノルディック複合の面白さがとても詰まっていました。まだW杯も続きますので、選手たちの動向をこれからも見ていただけたらと思います。(98年長野五輪代表)

 ◆荻原 次晴(おぎわら・つぎはる)1969年12月20日、群馬・吾妻郡生まれ。52歳。小学校5年生でスキージャンプを始め、双子の兄・健司とともに技術を磨く。94年から複合のW杯に参戦し、95年世界選手権では団体金メダルを獲得。98年長野五輪では個人6位、団体5位入賞を果たし、同年に現役を引退。その後はスポーツキャスターとして様々なメディアで活動。17年は兄弟で日本オリンピック委員会特別貢献賞を受賞した。

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