葛西紀明氏コラム 陵侑を悔しがらせ強くさせた W杯で「おまえノーポイントだもんな~」「ノーポイント」

スポーツ報知
昨年10月、練習後に笑顔でポーズの土屋ホーム・葛西紀明兼任監督(中)と小林陵侑(右)(左は伊藤有希)

 陵侑は、非常にメダルに近い存在で楽しみですね。25歳という年齢も、周期的にちょうどやれる時期なんじゃないかと思うんです。僕もそうでしたから。W杯で勝つのと、五輪で勝つのとでは、重圧が全く違う。注目も浴びるし、本人もメダルを意識して自分にプレッシャーをかけているんじゃないかな。うわさでは、金メダルを取ったら僕にかけたい、と言っているようですから、楽しみですね。

 高校時代の陵侑を見て、絶対伸びるなと確信していました。飛型が、W杯男子最多53勝のシュリーレンツァウアー(オーストリア)【注】にそっくりだった。見た瞬間から、絶対に欲しいと思いました。15年4月に土屋ホームに入社して、筋力や持久力は着実に高めてきました。最初は与えたトレーニングしかしなかったけど、今は自分から練習をする。そういうところも変わってきましたね。話しても落ち着きがあるし、マスコミ対応もだんだんうまくなってきて(笑い)。僕を見て勉強しているかなと感じます。

 社会人になって、もちろん苦しい時期もありました。16~17年はシーズン通してW杯を転戦したのに、一度もW杯ポイントを獲得できる30位以内に入れなかった。でも、外から見て“悔しさ”を感じない。だから、少しバカにした感じで、いじって気持ちを引き出そうとしました。事あるごとに「おまえ、ノーポイントだもんな~!」「ノーポイント! ノーポイント!」って。それで「悔しくないのか?」と聞くと「悔しいです!」。じゃあ、教えてやるからな、と。彼にとっては大きな転機になりましたね。

 W杯の日本男子最多勝、そして総合優勝。ジャンプ週間制覇。僕ができなかったことを、陵侑は簡単にやってしまう。ちょっとむかつきますけどね(笑い)。でも、やっぱりうれしいですよ。教えた後輩が活躍するのは幸せ。僕は五輪の金メダルをまだ取れていませんが、もし陵侑が先に取ってくれても、うれしい。ただ、僕も現役は続けますからね。49歳になっても自分の体が老いない、まだ飛べるというのには驚いていて。何が起こるか分からない。もう一度、波が来るのを待っています。

(14年ソチ五輪個人ラージヒル銀メダル、土屋ホーム選手兼任監督・葛西紀明)

 ◆葛西 紀明(かさい・のりあき)1972年6月6日、北海道・下川町生まれ。49歳。8歳で競技を始める。東海大四高(現・東海大札幌高)から地崎工業などを経て2001年11月に土屋ホーム入社。五輪は94年リレハンメル大会団体銀、14年ソチ大会個人ラージヒル銀、団体銅。W杯では通算17勝、表彰台は日本男子最多の63度。176センチ、59キロ。家族は妻と長女、長男。

 ◆葛西のトレーニング法

 葛西は先月30日の雪印メグミルク杯(大倉山)で、国内大会4年ぶり優勝を飾った。19年にはオーストリア人のリヒャルト・シャラート氏を土屋ホームのコーチに招へい。踏み切りで力をロスなく台に与える技術の向上に余念がない。毎朝のランニングを欠かさず、自宅にサウナも設置。比較的長身の176センチながら、59キロを維持するストイックさが、長く現役を続ける源だ。

 海外の有力選手も、葛西の「波」が来るのを待ちわびている。今大会はフジテレビのコメンテーターとして現地入り。15―16年W杯個人総合王者のP・ブレブツは、スロベニア語で「レゲンデ!(レジェンド)」と最敬礼。平昌五輪王者のストッフも「(世界大会で)待っているよ」と、復活を熱望した。「すぐ行くわ!」と笑顔で返した葛西が、再び世界のジャンプシーンを盛り上げる日も、きっとそう遠くない。(細野 友司)

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×