箱根駅伝6位で10年ぶりシード復帰の中大、第100回大会28年ぶり総合V挑戦 藤原正和監督「吉居級を5人育てないと」

スポーツ報知
中大のCマークを誇りに箱根を目指す中大の藤原正和駅伝監督

 第98回箱根駅伝(2、3日)で中大が1区のエース・吉居大和(2年)の区間新記録の快走などで総合6位に入り、10年ぶりのシード権を獲得した。4月には吉居の弟・駿恭(しゅんすけ、仙台育英高3年)ら5000メートル13分台の超高校級新入生3人が加入予定。就任7年目で初のシード獲得となった藤原正和監督(41)は、箱根随一の名門完全復活へ来年の箱根は往路の強化で「3位以内」、再来年の第100回大会で歴代最多15度目の「総合優勝」挑戦を宣言した。(榎本 友一)

 今年の箱根駅伝は1区の吉居が歴史に残る果敢な走りを披露し、シード校復帰への流れを生んだ。「状態も良く、1時間1分30秒で確実に3番以内と計算していた。覚悟を決めたような目をしていましたので、おそらく逃げるんだろうなと思いました」と藤原監督は明かす。その言葉通り、吉居は5キロ過ぎに集団を飛び出し一人旅。ペースを落とすことなく、1時間0分40秒で15年ぶりに区間記録を26秒更新した。後続に39秒差をつけ、大会最優秀選手賞「金栗四三杯」も受賞。「速いリズムで淡々と持っていくのが非常に得意な選手。夏からずっといい練習ができ、我々の想像よりも力がついていました」とエースの成長に目を細めた。

 各校のエースが集う花の2区では、手島駿(4年)が区間15位で11位まで後退した。それでも、タフな最長区間でチームのために懸命な走りでタスキをつないだ。「1時間8分45秒を設定していたのでほぼ設定通り。本当によくやってくれた。プレッシャーになったかと思うが、4年生らしく淡々と落ち着いて自分のラップを刻んでくれた。6位の流れを作ったのは吉居でしたが、一番大きな働きをしたのは2区の手島だったかなと思いますね」。競技人生最後のレースで、粘り強さを発揮した最上級生に指揮官は最大級の賛辞を送った。

 3~5区は区間1ケタの粘走を見せた。「3~5区でとにかく浮上するプランを描いていました。4年間で一番良い状態で、自信を持って三浦拓朗を3区に置きました。7番まで上がれたのは、チームとしても非常に勇気づけられた」と4人抜きで7位に浮上した4年生を褒めた。「人と競り合った方が強さを出せる」と4区に配置した中野翔太(2年)は、初の箱根路で区間5位にまとめた。5区の阿部陽樹(1年)は、昨夏の山形・蔵王合宿の10キロ高地走で上りの適性を示しての抜擢だった。「中学以降、大きなけがが無い体がすごく強い子で。夏終わった時点で5区と伝えていました。特別な上り練習はやっていなかったんですけど、走力で持って行ってくれました」と評価。往路6位に「うまく全員が仕事をしてくれた。100点のレースでした」と藤原監督は拍手を送った。

 翌日の復路も勢いと流れを持続した。3年連続6区の若林陽大(3年)は区間5位にまとめて5位へ浮上。7区で箱根初出場の居田優太(2年)が、15キロ過ぎから足のけいれんで区間18位で7位まで後退した。それでも、8区で中沢雄大(3年)が区間3位の好走で3位まで浮上した。「6区若林と8区中沢、9区湯浅には自信がありました」と指揮官が話した通り、10区途中までは3位を走り、中大復活を鮮明に印象づけた。9区の湯浅仁(2年)は区間3位の力走で3位をキープ。10区の井上大輝主将(4年)は駒大とのし烈な3位争いを途中まで演じたが、終盤ペースダウンして6位で終えた。

 「湯浅は1年の時から本当にコツコツやる子で。2年の夏合宿過ぎてから、強さを感じられるようになって。この子は開花するな、と思って復路の最長区間を任せました。10区は正直、誰を起用するか直前まで非常に迷いました。4年生の一般生から入ってきた倉田健太、1年生の東海林宏一、3年生の助川拓海の状態が良かったので。最後は、このいいチームを作ってくれたのは井上が主将だったから。ゴールテープを切らせてやりたいという気持ちが大きかったですね。7区と10区は想定よりもタイムは落ちているが皆、自分の仕事は十分やってくれました」と選手たちをねぎらった。

 その箱根6位経験者が来年も7人残る。さらに吉居駿恭、溜池一太(洛南高3年)、伊東夢翔(国学院久我山高3年)と5000メートル13分台の強力新入生が加わる。指揮官は「今年はちょっと苦労した子たちを取りました。吉居駿恭君も高校2年の時にけがでインターハイに出られなかったり。溜池君も去年の春先は、けがでずっとうまくいかなかったり。悔しい思いをしてなおかつ、花を咲かせてきた子たち。気持ちのある選手を獲得していきたいな、というのを就任してから一貫して考えています。伝統校・中大復活へ向けて背負う重圧もありますし。お互いに思っていることや駅伝への思いををぶつけ合って、成長していきたい思いが大きいので」と走力だけでなく、古豪から強豪へと変貌するチームに適した選手を見極めて獲得した。「駿恭君は馬力があるので、1年目から2区も十分やれそうかなとは思います。1、2区か2、3区か。3、4区か。適性を見極めてですが、我々も楽しみですね」と早ければ、23年箱根路での吉居兄弟タスキリレー実現の可能性も示唆した。

 新チームでの練習も開始した。若林が新主将に就任し、新スローガン「時代を紡ぐ軌跡を残せ」を掲げた。若林は「全日本大学駅伝、箱根駅伝ともに優勝争いをしての3位以内が目標です」と意気込んでいる。新チームで最初のミーティングで新主将から「『練習も当然、もっと厳しくなるよ』と話したら、選手皆から目力が感じられた」とやる気でみなぎっている。藤原監督も「第100回大会の箱根での総合優勝を目標に掲げている。そのためにも、来年の箱根は何としても表彰台に」と今季の一層の飛躍を待ち望んだ。

 往、復路ともに制し、箱根総合新記録で完全優勝を飾った王者・青学大とは約12分差がある。青学大は、今年の箱根で大会史上初めて出場登録選手16人全員が1万メートル28分台と分厚い選手層を誇った。藤原監督は「あれだけレベルの高い金太郎アメのチームを作られてしまうと、往路でもう崩すしかないな、というのが共通認識としてある。とにかく競り合わないと何かは起きない。今年は12~13位までは混戦で競り合って重圧がかかり、色々なことが起きた。その状況を青学大も含めて作っていかないと、勝つ可能性は出てこない。吉居がやったようなことを5区間でやれれば十分、チャンスは出てくる」と分析している。

 往路強化に向けた3つの施策も既に描いている。「まず、吉居級を5人育てないといけない。往路はもう2分45秒を当たり前の動きにして、復路は2分50~55秒で押し切る力を身につけないといけない感覚です。となると、これまでの強化の仕方をもう1、2段階上げたグループを作っていかないと育たない。全体的な戦力の底上げもぬかりなくやっていく。あとは、今年初めて通年でできるようになった山対策。この3つを大きな軸として強化を進めていきたい」。“中大最後の優勝”でもある2001年箱根駅伝5区で往路Vのゴールテープを切った指揮官は、世界に羽ばたく後継者の育成と名門再建に全力を注ぐ。

 ◆22年元日

 箱根駅伝を翌日に控えた藤原監督率いる中大に、強烈な“追い風”が吹いた。群馬県庁発着の全日本実業団(ニューイヤー)駅伝の1区で、中大OBの九電工・舟津彰馬(24)が残り1キロで抜け出して区間賞を獲得。6区では中大OB・中山顕(24)が区間賞の力走で首位に立ち、ホンダを創部51年目で初優勝に導いた。

 藤原監督はテレビで教え子2人の快走を目にした。「舟津は残り1キロで一番ゆとりがあったので、区間賞を取るだろうな、と思っていました。自分が(監督就任後)初めて4年間見た選手。その後も伸びて、頑張ってくれている姿は大いに刺激になりますよね」と1年生で主将を任せた男の成長に賛辞を送った。実は、吉居も「舟津さんの区間賞を見て、自分も1区で区間賞を取りたいと思った」と箱根1区区間記録更新に向け、強く背中を押されていた。

 ホンダの中山は中大に「準部員」で入部し、努力を重ねてエースにまで成長した選手だ。3位でタスキを受け、強い向かい風を切り裂く力走で6区で先頭に立った。「6区は私も何度か走ったことがあるんですが、(起伏と風の激しい)非常にテクニカルなコース。ようやく仕事をしたな、と思いました」と藤原監督。テレビの優勝インタビューで中山は「藤原監督、優勝しました」と満面の笑みで恩師の名前を呼んだ。

 藤原監督は就任後、初出場となった18年の箱根駅伝以降、毎年行う儀式がある。箱根駅伝直前、出場10選手に対して手書きの手紙を手渡す。そして箱根が終わったその日、4年間の思いやメッセージを書いたレプリカのタスキを4年生に手渡している。「少しでも選手のモチベーションが上がれば、と思って。頼むぞ、という思いと『こういう走りをして欲しい』というのを書きます。何か形に残る物があると、いいのかなと。社会に出てからの方が長いですから、辛い時にでも読み返してくれたらなと思いますね」と4年間ともに過ごした学生たちを温かい言葉で、社会へと送り出している。

 そして、師弟の絆が“夢のタスキリレー”を現実にした。19年1月3日。藤原監督は中山に手書きメッセージ入りの深紅のレプリカタスキを贈った。「4年間ありがとう! 中山にはホンダでの優勝とマラソンで五輪に行く夢を託します」―。「指導者となって初めて古巣に送った選手。私はニューイヤーで優勝できなかった。何とかその夢をかなえて欲しい」と熱い思いを書き入れていた。

 今年のニューイヤー後、2人は言葉を交わした。中山が「ちゃんと達成しましたよ」と言うと「これで絶対に満足しないように。次はトラックとマラソンでも結果を残してな」と藤原監督はすぐに注文をつけた。「頑張ってくれると思います」と、たくましく成長した愛弟子の姿に喜びがあふれた。

 藤原監督が中大卒業後、ホンダに進んだ大きな決め手の1つは「社風です。挑戦が会社の根幹にあって共感した」からだった。「ニューイヤーで教え子2人が区間賞で古巣も初優勝。スタッフ間では『完全に流れが来たな』と話していました。非常に勇気をもらった」。1月2日朝。藤原監督は、強い“追い風”を感じながら、シード奪還に挑む箱根のスタートを迎えた。

 〇…エースの吉居は26日、約2か月の米国合宿へと出発した。昨年と同じアリゾナ州ポートランドを拠点とする世界トップが集まるプロチーム「バウワーマン・トラッククラブ」でスピード強化に励む。「今年は初めて高地合宿にも行けるみたいで楽しみです。昨年は力不足だった。今年は練習できるように準備をしてきたので、5月に5000メートルで世界陸上の派遣記録(13分13秒50)を出せるようにしたい」と目を輝かせる。4月に入学する弟・駿恭とは、19年の全国高校駅伝で仙台育英高で3区と7区を走り、全国制覇を成し遂げた。学生3大駅伝での兄弟タスキリレーを「すごく楽しみです。箱根はまだ(距離的に)ちょっと不安ですが、出雲や全日本なら前半区間でできるんじゃないか、と思っています」と待望した。

 ◆藤原 正和(ふじわら・まさかず)1981年3月6日、兵庫・大河内町(現・神河町)生まれ。41歳。99年、西脇工から中大に入学。箱根駅伝は1~3年時に5区で1位、2位、3位。4年時は2区1位。2か月後の2003年びわ湖毎日で2時間8分12秒の日本学生&初マラソン日本最高を記録。同年4月、ホンダ入社。10年東京マラソン優勝。世界陸上マラソン日本代表3回(03年欠場、13年14位、15年21位)。16年3月に引退し、ホンダ退社。同4月から中大監督。家族は妻と2女。167センチ、54キロ。

 ◆中大陸上競技部 1920年創部。箱根駅伝には20、24、2017年の3回を除き出場している名門校。優勝(14回)、連続優勝(6回)、出場(95回目)、連続出場(87回)の最多4冠を誇る。出雲駅伝、全日本大学駅伝は2位が最高(ともに3回)。主な陸上部OBは16年リオ五輪男子400メートルリレー銀メダルの飯塚翔太ら。主な大学OBは巨人の阿部慎之助作戦兼ディフェンスチーフコーチ、サッカー元日本代表MF中村憲剛ら。

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