負傷で代表不参加となった冨安健洋、背景にプレミア名門クラブの絶対的レギュラーの反動…【英通信員・森昌利コラム】

昨年12月18日、リーズ戦で負傷したアーセナルの冨安(ロイター) 
昨年12月18日、リーズ戦で負傷したアーセナルの冨安(ロイター) 

 冨安健洋が負傷のため中国戦とサウジアラビア戦に不参加となったと日本で一斉に報じられたのは、日本時間で1月23日の午後5時頃だった。ところが9時間遅れの時差がある英国では、同日午前8時、この時点で現地メディアは現地時間午後2時から行われるバーンリー戦で冨安が先発すると予想していた。

 なぜなら定例会見でアルテタ監督が冨安の怪我については全く言及しなかったからだ。今回のバーンリー戦に関する質疑応答は、本調子には見えなかったとはいえ、冨安が90分フル出場を果たしたリバプールとのリーグ杯準決勝第2レグ終了直後に行われ、誰もが日本代表DFが深刻な怪我をしたとは思わず、したがって何も質問はなかった。スペイン人青年監督も聞かれないなら、わざわざ選手の怪我を教える必要もなかった。

 日本サッカー協会が冨安の代表不参加を発表したので、欠場は確実だと思ったが、予定通りにバーンリー戦の取材に出かけた。一方、英国では日本代表が故障したという情報は全く流れていない。試合前に何かつかめればと思い、キックオフの3時間前にエミレーツ・スタジアムに到着した。そして運よく、宮市の在籍時から数年の付き合いがあるアーセナル広報官を捕まえて、冨安の負傷についてたずねた。

 ところが最初、その広報官は「試合後に監督に聞いて欲しい」と冷たい反応。そこで日本ではすでに冨安が代表戦に参加しないという報道が流れていると告げた。すると、試合の先発メンバーが発表されるまでの2時間はこの情報を公にしないようにと念を押されて、「トミは今日、ベンチに入っていない」と明かしてくれた。

 この発言でクラブ側が冨安の故障を認めて、代表不参加が確定した。そしてこの瞬間、日本代表DFが押しも押されぬアーセナルのファースト・チョイス、絶対的なレギュラーとなったことも実感した。

 代表招集が絡んだので、日本サッカー協会には冨安の故障を伝えたが、英国内ではできるだけ隠しておきたい。レギュラーの一人が欠けるという情報は重大だ。バーンリーに冨安不在を前提とした対策を練られ、戦略化させる時間を与えたくない。クラブ側が冨安の故障をバーンリー戦キックオフ1時間前の先発発表まで秘匿しておきたかったのは当然だ。つまり、日本サッカー協会には怪我の事実を伝えて、英国内には何も流れなかったという奇妙な事態は、冨安がアーセナルにとってなくてはならない選手となったことで起こったのである。

 もちろん怪我の状況についてたずねた。「去年の12月に痛めた右足のふくろはぎが再発した。ただし、それほど深刻ではない」と教えてくれた。

 ところが試合終了直後に直接アルテタ監督に冨安の怪我の状況についてたずねると、素っ気なく「(全治には)数週間はかかる」という、曖昧だが、広報官が「それほど深刻ではない」と教えてくれた状態より悪い印象を与える発言が返ってきた。

 確かに最下位のバーンリーとのホーム戦で76%のポゼッションを支配し、20本のシュートを放ちながら0-0のスコアレスドローで試合を終えたばかりで不機嫌だったこともあったのだろう。しかし、いつもなら冨安についての質問にはにこやかに応じるアルテタ監督がにべもなく「とにかく今は怪我から回復することが最優先だ」と憮然とした表情で語った。

 このスペイン人青年監督の対応でもまた、冨安がアーセナルのレギュラーをがっちりとつかんでいることを確信した。

アーセナルに稲本潤一、そしてボルトンに西澤明訓が移籍してきた2001年夏からプレミアの取材を始めたが、冨安ほどチームの中核にしっかりと収まった選手はいなかった。

 これまで、プレミアでレギュラーを勝ち取ったと言える選手は2015-16年シーズンにレスターに加入し、奇跡の優勝に貢献した岡崎慎司。そしてサウサンプトンの1年目だった2012ー13年シーズンに32試合に出場した吉田麻也の2人だろう。しかし絶対的レギュラーというべき今季の冨安の存在感までは確立できなかった。

 その冨安の”絶対的レギュラー”という存在感が、今回の代表不参加で証明されたのだ。

 もしも冨安が同ポジションに遜色のない選手がチーム内にいる準レギュラー的な扱いの選手であれば、元旦のマンチェスター・C戦も、そしてリバプールとのリーグ杯準決勝第2レグも出場する必要はなかった。しかし、実力、そして戦略的にも他に代わりがいない選手であることで、アルテタ監督は強行出場させた。

 無論、怪我を押しての起用は、今回の代表招集に影響が出る可能性があった。しかしチームの絶対的な主力であることで、監督はクラブ事情を最優先させ、冨安を使ったのだ。

 アルテタ監督の素っ気なさ、そして軽症であるはずの右足ふくろはぎの筋肉系の故障再発が全治までに”数週間かかる”と少々大袈裟に語ったのは「悪いが冨安はアーセナルのレギュラー。まずはうちのために全力を尽くしてもらう」という主張の現れではないだろうか。

 それにプレミアのトップクラブが自軍のレギュラー選手を代表戦で消耗されるのを”非常に嫌がる”ことは、別に今に始まったことではない。時には、特に親善試合の招集となれば、小さな怪我でも合流を回避させ、代表ウィークを休養に当てさせ、クラブのためにリフレッシュさせたいとするのは常道だ。

 莫大な給料を払い、激戦で凌ぎを削るプレミアリーグのトップクラブは、主力選手が代表よりクラブを優先するのは当然だと考える。逆にレギュラーとしての地位を確立していない選手が代表に呼ばれた場合は、実戦感覚を養ってこいと喜んで送り出すことが多い。

 冨安が不参加を表明した今回の代表戦は日本にとって重要なW杯予選だが、一方で、クラブ事情を優先して、リバプール相手のリーグ杯準決勝第2レグでフル出場させて、症状を悪化させたことは事実である。

 3日前の出場も本人が納得した上での判断だと思うが、怪我が再発した冨安は代表戦をあきらめ、ロンドンに残って治療に専念することにした。その決断の裏には、今回のW杯予選を欠場しても、シーズン終盤で欧州CL出場権を目指して熾烈な争いが続くアーセナルのレギュラーとして存分な活躍をしなければならないことがある。

 2022年元旦、冨安はマンチェスター・C戦で曲者であるイングランド代表FWラヒーム・スターリングの仕掛けをことごとく粉砕した。試合を解説していたアーセナルの大物OBマーティン・キーオン氏はそんな23歳日本人選手のプレー振りに「今ではエミレーツで一番人気の選手だ」と発言。デビュー・シーズンから全力プレーでサポーターの心をしっかりと鷲掴みにした冨安を称えた。

 現在世界最高リーグと言われる名門クラブの中核となったことで、今後も冨安がアーセナルのチーム事情と日程を最優先し、代表参加が危ぶまれるケースが増えるという、日本のサッカーファンにとっては痛し痒しの状況が生まれることは間違いない。(英国通信員・森 昌利)

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