読者人気と直木賞を両立の米澤穂信さん「黒牢城」…選考委員もうならせた歴史小説とミステリーの融合

スポーツ報知
「黒牢城」で第166回直木賞に輝き、受賞会見に臨んだ米澤穂信さん

 世間一般の人気と選考委員の評価―。融合が難しい、この二つの要素を見事に両立させてエンターテインメント小説の最高峰に輝いた作家がいる。

 今月19日に行われた第166回直木賞の選考会。選考委員9人による1回目の投票で「抜けていた」という評価を受け、今村翔吾さん(37)の「塞王の楯」(集英社)とともに栄冠に輝いたのが、米澤穂信さん(43)の「黒牢城」(KADOKAWA)だった。

 同作の舞台は戦国時代。織田信長に反旗を翻し有岡城に立てこもった荒木村重が城下で起きる様々な怪事件を土牢に幽閉した信長の使者・黒田勘兵衛の知恵を借りて解決していくという時代本格ミステリーだ。

 昨年末の宝島社「このミステリーがすごい!」、週刊文春「ミステリーベスト10」、原書房「本格ミステリ・ベスト10」、早川書房「ミステリが読みたい!ベスト10」という評論家、書店員らのアンケートによる四大ミステリーランキングを完全制覇。史上初の「四冠」に輝いた上、山田風太郎賞も受賞済みの“大本命”が見事にエンタメ小説の頂点も獲得した。

 選考会後、東京・内幸町の帝国ホテルで行われた受賞会見に黒のスーツで登場した米澤さん。

 受賞作を大切そうに抱え、「大変、光栄に思います。以前、ある編集者の方が私の小説を指して『普通、池のあるところに石を投げるように書いていくことが多い。しかし、米澤さんは何もないところに石を投げるように小説を書いていく。そこに池があるのかなと思っていると、自分の投げた石で池を作っていってしまう。そういうことをしているね』と言われたことがありました。それを言われた時には『大それたことを…』と思わなくもなかったんですけれども、今こうして一つの結果をいただいて、投げた石が一つ、大きな池を作ったのかなというふうに思っています」と穏やかな表情で話した。

 これまで1月と7月の年2回の選考会を取材し続け、数多くの大本命作品の落選劇を見てきた私は、壇上の米澤さんの笑顔を見た瞬間、本当に良かったと、心の底から思った。

 ちょうど2年前の第162回では「落日」で4度目のノミネートだった湊かなえさん(49)が落選。松たかこ子主演で映画化もされ、本屋大賞に輝いた「告白」がベストセラーに。10年の「贖罪」では世界ミステリー界の最高峰と言われる英エドガー賞の候補となるなど、人気、実力とも現在の出版界でNO1の女性作家もあっさり選外となった。

 02年には今回の米澤さん同様、「このミス」などミステリーランキング三冠に輝いた横山秀夫さん(65)のベストセラー「半落ち」が「設定に事実誤認の欠陥がある」というそれこそ選考委員の事実誤認による落選の憂き目に遭った。横山さん自身が落選より選考委員の不勉強ぶりに激怒し、直木賞への決別宣言を行った。当時、横山さんにじっくり話を聞いたが、その明らかに誤った選考経過にこちらまで怒りを覚えた。

 当代一の人気作家・伊坂幸太郎さん(50)も「重力ピエロ」などで5回に渡ってノミネートされた末、候補に挙がるたびに周囲に巻き起こる騒動と直木賞の影響力の高さによる環境の変化を憂慮。選考対象となること自体を辞退した。

 下世話な言い方をすれば、人気作家で構成された選考委員たちが選び、トップ作家への“仲間入りをさせてあげる”という側面がある直木賞。あくまで選考委員が候補作をすべて読んだ上で受賞作を決める“採点競技”だけに作品の人気や売れ行き、それぞれの愛読者の思いや前評判の通りとはいかず、意外な受賞作、残念過ぎる落選作が生まれるのが、常とも言える。

 今回、選考委員を代表して会見した浅田次郎さん(70)は「第1回の投票で逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』含め3作が拮抗(きっこう)。丁寧な議論が行われた上で決戦投票を行い、今村、米澤作品の受賞となりました。1回目の投票で3作が2回目へ。しかし、今村、米澤がやや抜けており、2回目では2作がまったく拮抗して2作受賞。共に戦国時代の籠城戦を描いた作品でしたが、その相似は議論にならず、二つとも優れた作品でした」と選考の過程を明かした。

 その上で「黒牢城」について「戦国時代の籠城戦を背景にした良質のミステリー。あまり見当たらない極めてユニークな作品。読みやすい、セリフがうまい良質な作品でした。戦国時代の小説とミステリーが融合するのかという疑問があり、丸をつけず三角(の評価)もあったが、議論の上で解消された」と説明。

 「忙しい方だが、直木賞を取って、今後、落ちついていい作品を書いていくのでは」と、米澤さんの今後に大きな期待を寄せた。

 私自身もデビュー作の青春ミステリー「氷菓」からの米澤作品ファン。特にファンタジーと本格推理を融合させた「折れた竜骨」、ミステリー短編集としては出色のできばえの「満願」、「真実の10メートル手前」と、お気に入り作品も数多いだけに今回の時代小説と本格ミステリーを完璧に融合させた「黒牢城」もむさぼり読んだ。

 各種ミステリーランキングの結果通り、直木賞に最もふさわしい作品と思っていただけに今回の一般人気とトップ作家たちの評価を両立させた受賞が、本当にうれしかった。

 この日の受賞会見でも「ミステリーが自分にとっての大事な軸足であり、自分の柱だというのは一生変わらないと思います」と言い切った上で「『なんとか、いい小説を書いていきたい』と思っていました。今回、直木賞という賞をいただいて、少なくともここまでは『いい小説の方を向けていたんだよ』と選考委員の方々におっしゃっていただいたような気持ちでいます。しかし、本当にいい小説、自分が書いていくべき小説がどういうものであるのか、この先、どういうものを書いていくのが自分の仕事なのかというのは、いまだに漠として分からないところがあります。この賞をいただいたことを『ここまでは間違っていなかったんだよ』というメッセージと受け止め、次の仕事を始めていきたいと思っています」と静かな口調で続けた米澤さん。

 エンタメ作家としてのセンスにあふれていながら謙虚。そんな人柄も受賞会見でにじみ出させた米澤さんの作品をこれからも追いかけていこう―。「笑顔を下さい」とカメラマンにリクエストされ、大いに照れながら、ぎごちない笑みを浮かべるその姿を見ながら、私はそう思った。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆直木賞選考委員

 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき(伊集院、高村両氏はリモート出席)

※五十音順・敬称略

 ◆米澤 穂信(よねざわ・ほのぶ) 1978年、岐阜県生まれ。43歳。金沢大文学部卒業後、書店勤務を経て、2001年、「氷菓」で角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。11年「折れた竜骨」で日本推理作家協会賞、14年「満願」で山本周五郎賞を受賞。「満願」、15年刊行の「王とサーカス」はそれぞれ3つのミステリーランキングで1位となり、史上初の2年連続3冠を達成。「黒牢城」は史上初めて4つのミステリーランキングを総なめにした。主な作品に映画化もされた「インシテミル」、「追想五断章」など。

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