【オリックス】宮内義彦オーナー、04年球界再編時を回想「パ・リーグはこのままじゃもたないかと」

スポーツ報知
今季限りでオーナーを退任することを発表した宮内義彦オーナーは会見で思いを語る(カメラ・石田 順平)

 オリックス・宮内義彦オーナー(86)=本社シニア・チェアマン=が21日、京セラDで会見し、今季限りでオーナー職を退くことを明かした。阪急から球団を買収した88年から務めてきたが「ここ数年、次の世代に渡したいと考えていました」と明かし、昨季の25年ぶりのリーグ優勝を「一つの区切りができたと思う」と退任理由に挙げた。後任はオリックス本社の井上亮(まこと)社長兼グループCEO(69)の予定だ。

 ◆宮内オーナーに聞く

 ―勇退を決めた理由は。

 「ずっと、ぼんやりと思っていました。最下位チームのオーナーが辞めるというのは、面白くない。優勝ということであれば、これはとてもいいな、と」

 ―吉田正、山本がチームの柱に。

 「日本を代表する、まだまだ上に行くような選手がいるのはうれしいですね。今でもイチローとは付き合っていますし、オリックスに縁のあった人との関係はずっと続くわけです。この2人についてはずっと(オリックスに)いる、という前提で考えています」

 ―イチロー氏には連絡を? 

 「ここのところ途絶えていますし、ここへ来ることは誰にも言っておりませんので…。彼がプロに入り、2軍の練習場で打撃をしている時のことは鮮明に覚えています。本当に本人の努力と才能と、仰木監督のけい眼も非常に大きかった。とても義理堅い人間で、あの野球少年が立派に育ったな、と思っています」

 ―88年秋に阪急を買収。

 「その1年前ぐらいから、米国のコンサルタントから、社名を変えて次の事業に行けと。初めは変える気は全くなかったんですが。相当宣伝しないと、という時に買収の話。(買収を)発表したとたんにオリックスという名前が全国に売れました」

 ―阪神大震災に見舞われた95年にリーグ優勝。

 「震災直後、私も神戸に行きました。神戸で試合をやるのは不可能だということで、球団は地方球場を探していまして。私はそこに違和感を持ち『今こそ神戸でやらないと、意味がないんじゃないか』と。考えられないほどお客さんに来ていただき、選手もそれにすごく励まされた。印象深い出来事でした」

 ―04年オフに近鉄と合併。

 「私たちの特殊性は阪急ブレーブスのファンを引きずり、ブルーウェーブという神戸のファンをつくり、近鉄バファローズと合併して、大阪の近鉄ファンも一緒に応援していただける。非常に複雑なファン層だった。気持ちの上で随分、ご負担をかけて申し訳ないという気持ちがあります」

 ―球界再編時には1リーグ10球団を構想。

 「パ・リーグがしんどくて、このままじゃもたないんじゃないかと。親会社までおかしくなったというところが出てきた。ビジネスマンとして考えたのは、12球団はちょっと多いなと。みんなが飯を食えるように、ちょっと縮小して、そこから出直すしかないと考えたわけです。身を小さくして、マイナーリーグを地方都市に展開していくというのが日本のあるべき姿だろうと。今でもそう思っています。日本の野球を大きくするには、マイナーリーグを地方都市、50万人都市ぐらいに散らせていくことができれば非常にいいと思っています」

 ◆純粋に野球が好きなおじさん…担当記者が見た宮内オーナー

 純粋に野球が好きなおじさん。宮内オーナーを一言で表すとそれに尽きる。多忙な中でもたびたび球場を訪れて応援。負ければ本当に機嫌が悪くなった。チームを愛し、自身の影響力が強いことを理解しているがゆえに、時に過激な発言が飛び出した。

 01年9月、仰木彬監督について自宅前で直撃すると「ここまで成績が落ちたから、ご本人がどうか、というところでしょう。僕自身、がっかりしている」と事実上の辞任勧告。自身の発言力を熟知した上での言葉を受け、同監督は8年間の長期政権の終止符を打った。

 チーム創成期の春季キャンプ中には、報道陣と草野球に興じていたという根っからの野球好き。オーナーの地位を離れても、オリックスを応援する思いは変わらないはずだ。(00、01年オリックス担当・河井 真理)

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