労使交渉再開も決裂。現地報道通りのシナリオで経営者側の提案は選手会側から拒否された。両者の隔たりは大きく、合意に至るまでにはまだまだ時間がかかる見通しだ。ファンは春の訪れまでヤキモキさせられるのだろうか。
不透明な見通しの中で、昨シーズン途中から続いているビッグネームの相次ぐ現役引退が止まらない。ジョン・レスターはレッドソックス、カブスという人気チームでエース格として合わせて3回の世界一に貢献した。メディアアクセスがいいとはいえない選手だった。しかし、カブスが108年ぶりのワールドチャンプに輝くことになる2016年の夏、「バンビーノの呪いを解いたときにはまだマイナー選手だったから、ここではヤギの呪いを解いてみたいね」と、チーム力に自信があったのだろうか、上機嫌で語ってくれたことが強く印象に残っている。
メルキー・カブレラは松井秀喜さんがワールドシリーズMVPに輝いたときのメンバーで、ブルージェイズ時代には田中将大のデビュー登板でいきなり一発をかました勝負強い好打者だった。茶目っ気のある明るい性格だった。ところが、ジャイアンツ時代に違反薬物問題が浮上、50試合の出場停止を科せられ、せっかくの首位打者も返上、その後すっかり人が変わったように表情まで暗くなってしまい、かつてのパフォーマンスが戻ることはなかった。
その返上で首位打者になったバスター・ポージーは昨シーズン直後に衝撃的な引退を発表。この他ブルワーズのフランチャイズプレーヤーだったライアン・ブラウン、マリナーズ一筋だったカイル・シーガ―など馴染みのある選手たちがユニホームを脱いでいく報に触れるたびに取材当時のことが甦(よみがえ)り、感傷的な気分になる。
新しい世紀に入ってから活躍した選手が姿を消す時代がくる一方で、21世紀だからこそ吹く新しい風もある。男性社会の典型といわれてきた球界への女性進出だ。
最も注目を集めるのはヤンキース傘下シングルAタンパの監督に就任した34歳のレイチェル・バルコベック。マイナーリーグ史上初の女性監督だ。大学時代にソフトボールの捕手として活躍、大学院では運動学を学んだ。オランダに留学後カージナルスのコンディショニングコーチを振り出しにヤンキース傘下のマイナーチームで打撃コーチやフロントの仕事も務めるなどキャリアアップを続けての昇格である。
「ヤンキースは球界でジェンダーの壁を打ち破るチャンピオン」と、昨夏ブライアン・キャッシュマンGMが発言していたが、確かに球団にはそういう流れがある。松井秀喜さん獲得に尽力したといわれる法律の専門家ジーン・アフターマンさんは球団幹部として確固たる地位を築き、コメンテーターだったスージン・ウォルドマンさんは球界初の女性ラジオ実況アナウンサーとなり、今や大御所的存在。キャッシュマンGMのもとで補佐役を務めたこともあるキム・アングさんは一昨年マーリンズのオファーを受け、球界初の女性GMの座に登りつめた。
おそらく、このGM就任で球界の「グラス・シーリング」(ガラスの天井)は突き破られた。昨年から今に至るまで、ジャイアンツでメジャー初の常勤コーチが誕生し、レッドソックスがマイナーコーチに初となる黒人女性を招き、オリオールズやブルージェイズでも女性コーチを採用。また、アストロズではチーム編成の重要な部門である選手育成部のチーフに女性を登用した。
1980年代から取材している私には隔世の感がある。この流れは加速することになるだろう。果たして彼女たちのパワーがどんな形で表れてくるのか。
そんな流れの中で25日(日本時間26日)、野球殿堂入り投票の結果が発表される。殿堂入り候補の中で注目を浴びるのは10回目、これが最後のチャンスになるバリー・ボンズと、ロジャー・クレメンスの2人だ。通算最多の762本塁打の強打者と、史上最多のサイ・ヤング賞受賞7回の剛腕投手。違反薬物問題がなければ、あるいは対応を誤らなければ殿堂入り選手として毎年セレモニーの晴れ舞台の壇上で新たなメンバーの受賞スピーチを聞いていたはずである。
他のプロスポーツに立ち遅れた違反薬物対策にも問題があった。黒い噂に長年目をつむってきた球界関係者、メディアにも責任がないはずはない。知っている限り、テレビでメディアとして反省を口にしたのはバスター・オルニー記者だけだった。
2人は違反薬物問題が取り沙汰されてから、見せしめ的存在として、もう十分に球界的、社会的制裁を受けてきたはずである。このケースは永久追放になったピート・ローズの賭博事件とは全くの別物だ。
時代の流れを感じながら、2人の新人時代から現役引退までのプレーを取材できたことの幸運を思う。
出村 義和(スポーツジャーナリスト)