山本昌氏殿堂入り、天国の星野仙一氏、アイク生原さんに感謝「自分の口で報告したかった」

スポーツ報知
生原昭宏(アイク生原)さんのレリーフと記念撮影する山本昌(代表撮影)

 今年の野球殿堂入り通知式が14日、都内の野球殿堂博物館で行われた。プレーヤー表彰では日米通算313セーブで現ヤクルト監督の高津臣吾氏(53)、プロ野球史上初の50歳での登板を果たした元中日の山本昌氏(56)が新たに殿堂入り。特別表彰では元東海大総長で首都大学野球連盟を創設した故・松前重義氏が選出された。指導者も対象となるエキスパート表彰は昨年に続き当選者なしだった。

 師と仰ぐアイク生原さん(02年野球殿堂入り)、監督として仕えた星野仙一さん、高木守道さんが見守っていた。山本昌氏は恩人のレリーフを見つめ、目頭を熱くした。「小中学校は補欠。恩師、友人、先輩、後輩、誰1人欠けても、ここまで来られなかった」。NPB史上最年長出場となる50歳57日でマウンドに上がった左腕は感謝の思いを口にした。

 入団から4年間は未勝利。5年目の米ベロビーチキャンプ後、星野監督に居残りを命じられた。当初は、成長のヒントを与えたい親心とは分からず、見捨てられたように受け止めた。「野球をやめて日本に帰ろうかと思った時、アイクさんが一生懸命教えてくれた。ふてくされている自分が恥ずかしくなった」。その野球留学で出会ったのが米ドジャースの職員だったアイク生原さんだった。

 「お前にはもう一つ変化球が必要だ」。1Aのチームメートの内野手がキャッチボールで投げていたスクリューボールの握りを教えてもらった。試合で試すと、面白いように空振りが奪えた。「アイクさんは僕が一つ勝つだけで大喜びするような人。星野さん、高木さんもそうですが、自分の口で報告したかった」と天国に思いをはせた。

 現役の40代投手はオリックス・能見、ヤクルト・石川、ソフトバンク・和田、西武・内海で、全て山本昌氏と同じ左投手。「この4人はボールの力が落ちていない。左打者が増えてきただけに存在意義がある。石川投手には一度、言いましたが、自分が思っているほど、周りはやめてくれとは思っていない。50歳を過ぎて彼らが投げていたら、僕も現地に応援に行く」。50歳まで投げ続けた山本昌氏の生きざまは、今もファンや後進の希望となっている。(表 洋介)

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請