松井秀喜氏が高津臣吾氏祝福、コントロールとキレ抜群のシンカーは「つい振ってしまう」

スポーツ報知
巨人・松井秀喜がプロ入り1号の2ラン本塁打

 今年の野球殿堂入り通知式が14日、都内の野球殿堂博物館で行われた。プレーヤー表彰では日米通算313セーブで現ヤクルト監督の高津臣吾氏(53)、プロ野球史上初の50歳での登板を果たした元中日の山本昌氏(56)が新たに殿堂入り。特別表彰では元東海大総長で首都大学野球連盟を創設した故・松前重義氏が選出された。指導者も対象となるエキスパート表彰は昨年に続き当選者なしだった。

 野球殿堂入りしたヤクルト・高津臣吾監督(53)から巨人時代の1993年5月にプロ1号を放った松井秀喜氏(47)=ヤンキースGM付特別アドバイザー=が、日米での対決を振り返るとともに祝福した。

 高津さんとは、それぞれの野球人生の節目での不思議なご縁を感じています。まずは1993年5月2日、東京ドームでのヤクルト戦で、私がプロ1号を放った投手が高津さんでした。

 ヤクルトが3点リードしていた9回2死一塁、ホームランが出てもまだ1点リードという状況もあっての内角直球。右翼席への弾丸ホームランは、自分で言うのも何ですが、今思い返しても数か月前まで高校生だった選手とは思えぬ格別の当たりでした。高津さんがプロ初セーブを挙げて、私がプロ1号をマークしたこの試合は、しっかりと記憶に刻まれています。

 偶然とは思えない出来事は米国でもありました。2004年4月9日のヤンキース―ホワイトソックス戦で9回にメジャー初登板した高津さんが、初めて対戦する打者が私でした。ヤンキー・スタジアムのブルペンからマウンドに向かう高津さんの姿を見ながら、私は東京ドームで初対戦した18歳の頃を思い出していました。メジャーで初めて対決する相手が私で、高津さんは本意ではなかったかもしれません。その時に打った右翼線への二塁打も鮮明に覚えています。

 高津さんと対戦するときは基本的に真っすぐ狙い。私としては、最初に対決したときの好印象があるので、何となく打てそうな気持ちで毎回、打席に立っていました。とにかく、ボールになるシンカーは振らないように気をつけていました。それだけ強く意識をしていても、高津さんはコントロールが抜群で、球のキレもあるのでつい振ってしまうのです。ご縁を感じる私としても、とてもうれしいです。この度は誠に、おめでとうございます。

 ◆高津監督と松井氏の対戦 2人のNPBでの通算対戦成績は3本塁打含む18打数8安打8打点で三振はわずか1個。メジャーでは文中の二塁打の1度だけだった。なお、1996年のオールスター第2戦の9回2死、打者松井の場面で全パの仰木監督がイチローをマウンドに上げた。これに怒った全セの野村監督が代打に送ったのが高津だった。

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