箱根駅伝初出場を果たした駿河台大の徳本一善監督と「中学教師」31歳ランナー今井隆生が2年ぶり酒席で本音トーク 徳本監督「2年間、面白かったな」

スポーツ報知
1月2日の箱根駅伝往路で、駿河台大4区・今井隆生(左)から、駿河台大5区・永井竜二(右)にタスキが渡る 

 第98回箱根駅伝(2、3日)に初出場し、19位となった駿河台大の徳本一善監督(42)と4区を駆けた31歳の今井隆生(4年)が約2年ぶりに酒を酌み交わした。もともと2人は社会人同士の先輩後輩だったが、20年4月に今井が埼玉県の中学校体育教師を休職して駿河台大の心理学部3年に編入学すると同時に、それまでの関係を一時解消。監督と一選手の関係に徹底した。箱根路の戦いを終えた8日、師弟コンビは埼玉・飯能市内で新型コロナウイルス感染防止対策を取った上で久々に酒席をともにして2年間の思い出を熱く語り合った。

 法大時代、選手として多くの「伝説」を残した駿河台大の徳本監督は、指揮官として初参戦した箱根路でも新たな「伝説」をつくった。そのひとつが4区で死力を尽くしながらも区間最下位(20位)に終わった今井へのねぎらいの言葉だ。「2年間、ありがとう。オレに謝ったらブッ飛ばすから」。運営管理車のスピーカーから聞こえた徳本監督らしい熱い謝辞に今井は涙した。

 徳本(以下徳)「はっきり言って、今井よりオレが走った方が速いと思ったよ。でも、そんな今井を起用したのはオレだから。オレが悪い。オレの指導力不足。今井が謝る必要は全くない」

 今井(以下今)「申し訳ない気持ちでいっぱいですが、徳本監督にそう言われた以上、謝りません。感謝の気持ちだけを伝えさせていただきます。こちらこそ、2年間、ありがとうございました」

 徳「箱根駅伝予選会(昨年10月)以降、今井は調子が上がらなかったけど、今井に取って変わる選手が他にいなかった。今回の駿河台大はそこまでのチームだった。でも、今井がいなければ、そこまでのチームにもなっていない。箱根駅伝に出場することはできなかった。2年間の今井の努力は本物だし、2年間、チームを引っ張ってくれたことに本当に感謝している。改めて言う。ありがとう」

 今井を小田原中継所で待っていた5区の選手は、今井の教師時代の教え子の永井竜二(3年)だった。6年前、埼玉・越生町の越生中学校。今井は体育教師として駅伝チームを指導していた。各部の俊足が集まったチームの中にバスケットボール部3年の永井がいた。年齢差はちょうど10歳。教師と生徒だった2人は、運命に導かれ、20年4月から駿河台大のチームメートになった。そして、箱根駅伝でタスキをつないだ。

 今「永井の元チームメートで、僕の元教え子の越生中駅伝チームのみんなからレース前に寄せ書きをもらいました。期待に応えられず、2人そろって区間最下位だったけど、その寄せ書きは永井と僕の宝物です。来年の箱根駅伝で永井がリベンジすることを期待しています」

 徳「今回、永井は注目されてプレッシャーが大きかったと思う。本来の力を発揮できずに区間最下位(20位)に終わった。来季、永井は駿河台大の主力選手になる。プレッシャーを力にできる選手になってほしい」

 初出場の駿河台大は19位という結果以上のインパクトを残した。今井と永井の歴史的な師弟タスキリレー。昨年10月の箱根駅伝予選会で8位通過した後、泣きながら恩師に電話する姿が話題になった「泣き虫キャプテン」阪本大貴主将(4年)が箱根駅伝本戦ではアンカーとして満面の笑みでゴールする姿は印象的だった。「繰り上げスタートなしで一本のタスキをつなぐ」というチーム目標も成し遂げた。

 徳「箱根駅伝が終わった後、たくさんのOBが来てくれたよな。学生時代にタバコ吸ったり、パチンコばっかりして迷惑かけたヤツらも来てくれた。売れっ子ホストになっているヤツもやって来た。顔が変わって最初は誰だか分からなかったけど。みんな、箱根駅伝出場を喜んでくれて、うれしかった」

 今「結局、みんな徳本監督のこと好きなんですよ。腹立つこともたくさんありますけどね。徳本監督が監督だから駿河台大に来た選手ばかりですから。もちろん、僕もです。徳本監督はすごいんじゃない。むちゃくちゃすごいんですよ」

 箱根駅伝では戦前、また、現在は年齢制限がなく、1939年大会に33歳131日で5区区間賞に輝いた村社講平(中大)が最高齢出場とされている(ちなみに1992年までは27歳以下という年齢制限があり、87年大会に28歳だった駒大4年の大八木弘明は出場できなかった)。今井は31歳124日で出場。高齢選手の正確な記録は残っていないが、極めて異例の三十路(みそじ)の箱根駅伝ランナーとなった。その反響は大きかった。

 今「18位でスタートして、約8キロ地点で中央学院大の伊藤秀虎選手(2年)に追いつかれた。必死になって4キロほど食らいつきましたが、離されました。レース後、その伊藤選手がSNSでダイレクトメッセージをもらったんですよ。『今井さんの姿勢に努力を続けることの大切さを教えてもらいました。ありがとうございました』と。僕の走りはダメだったけど、うれしかったです」

 徳「今井の存在は駿河台大の若い選手に大きな影響を与えたことは間違いない。他大学の選手にも影響を与えたのなら、それは素晴らしいことだよ」

 今「僕自身、他校の選手に学ぶことが多かったです。4区スタート直前の選手控え室で、青学大主将の飯田貴之選手(4年)のオーラに圧倒されました。僕も含めて多くの選手は時折、中継しているテレビを見ていましたが、飯田選手は目をつぶって、集中力を高めていました。青学大のキャプテンは背負う物が大きく、そして、それをはねのける力があるんだと実感しました」

 徳「青学大は本当に強い。走った10人はもちろん、11番目以降の選手も強い。原晋監督(54)の指導は見習うことが多い。いつか、原監督が見ている景色を見てみたい」

 今「尊敬する今井正人さん(トヨタ自動車九州)からも『同じ今井として縁を感じています』というメッセージをいただきました。今後の励みになります」

 徳「今井の挑戦は多くの人に響いたと感じる。教員の皆さんには、それぞれ興味ある分野を極めるために休職する選択肢があるということを示すことができたと思う」

 徳本監督と今井の付き合いは長い。今井は東京・大泉高時代は陸上部に所属し、箱根駅伝出場を夢見ていたが、全国レベルに届かず、日体大に入学後はトライアスロンに転向。卒業後、実業団でトライアスロン選手として活動。走力を磨くために参加した陸上の練習会で徳本監督と知り合い、アドバイスを受けるようになった。2016年にトライアスロン選手として現役を引退し、埼玉県の教員に。体育教師、陸上部顧問を務めながら市民ランナーとして多くの大会に参加した。勤務先の中学校が駿河台大と近かったため、休日は生徒を指導した後、駿河台大で学生ランナーと一緒に練習を重ねた。いつしか、箱根駅伝出場という夢を現実的に考えるようになった。同時期、教師としての力不足を感じていた今井は心理学にも興味を抱いていた。「駿河台大で心理学を勉強して、箱根駅伝にも一緒に出場しようぜ」徳本監督の熱いエールが最終的に今井の背中を押し、かつて封印した夢に向かうことを決断。20年4月に教員の「自己啓発等休業」制度を利用して駿河台大の心理学部3年に編入学した。

 社会人同士の先輩後輩だった2人は時折、酒席をともにしていたが、今井が編入学する前の最後の酒席で徳本監督は「今井が駅伝部にいる間は、こうして一緒に酒を飲みに行くことは絶対にないからな」と通告。今井は「分かっています」と即答。先輩後輩の関係は一時解消し、監督と一選手としてけじめをつけた。そして「必ず箱根駅伝に出る」と互いに約束を交わした。

 それから約2年。駿河台大は箱根駅伝初出場を果たし、戦いを終えた。1月3日をもって今井をはじめ4年生は駿河台駅伝部を卒部。徳本監督と今井は再び先輩後輩の関係に戻り、2年ぶりに酒席をともにした。

 今「2年間、本当に長かった。特に(昨年)10月からの残り3か月が長かった。箱根駅伝を走ったというより、徳本監督をはじめ、チームのみんなの力で走らせてもらった。すべての力を出し切りました。あと、2年あったら…。死んでいます」

 徳「今井、キャプテンの阪本をはじめ4年生は、この1年間、やり切った。それは褒めたい」

 今井は4月から2年ぶりに教壇に戻る。

 今「4区の残り1キロ地点で運営管理車の徳本監督からかけてもらった『お前に残された時間はあと3分だ。思い残すことはここに全部、置いていけ』という言葉は教師に戻った時、使わせてもらいます。例えば受験まであと1週間となった時『君たちに残された時間はあと1週間。思い残すことはここに全部、置いていけ』と言いたいですね。『謝ったらブッ飛ばす』は使えませんけど」

 酒席の最後、2人は互いへの思いを色紙に記した。徳本監督は「酔っ払っているから『山崎のハイボール』と書きそうだよ」と冗談を言いながらも実は真面目にじっくりと時間をかけて書き込んだ。

 徳「今井へ 2年前の交わした約束を叶えてくれたことに感謝してます。今日の酒の味は絶対に忘れません。お互い生涯学び続けよう」

 今「徳本監督へ これからも監督の後ろ姿を追いかけて一番弟子の“教師”として頑張ります」

 約3時間、酒を酌み交わし、店を出た後、徳本監督がポツリとつぶやくと、今井はすぐに応えた。

 徳「2年間、面白かったな…。漫画みたいだったよ」

 今「はい。最高に面白かったです」

 2人とも感慨深い表情だった。そのやり取りは、まさに名作漫画の最終回のようだった。(取材・構成=竹内 達朗)

 〇…徳本監督は、今井と約2年ぶりの酒席をともにした翌日の9日、東京・北区新荒川大橋野球場発着の公認コースで行われたハイテクハーフマラソン(21・0975キロ)に、箱根駅伝出場メンバー以外の選手とともに出場。42歳ながら1時間9分5秒の好タイムで走破した。「久々に大会に出場しました。思った以上に走れました」と徳本監督。ただ、徳本監督より遅いタイムでゴールした選手も4人いたことについては指揮官の顔で「それはダメですね」と厳しく評した。

 ◆徳本 一善(とくもと・かずよし)1979年6月22日、広島市生まれ。42歳。美鈴が丘中1年から陸上を始め、3年時に全国大会で1500メートル2位。広島市立沼田高3年時に全国高校総体1500メートル2位。98年に法大入学。箱根駅伝は1年1区10位、2年1区1位、3年2区2位、4年2区途中棄権。2002年、日清食品に入社。03、04年の日本選手権5000メートル連覇。自己ベストは5000メートル13分26秒19、1万メートル28分13秒23。12年4月、駿河台大駅伝部監督に転身。家族は妻と1女1男。長男・陽(ひなた)は群馬の強豪、東農大二高1年の長距離選手で昨年12月の全国高校駅伝2区22位。173センチ、59キロ(現役時代)。

 ◆今井 隆生(いまい・たかお)1990年8月31日、東京・保谷市(現西東京市)生まれ。31歳。大泉高では陸上部に所属し、都大会10位が最高成績。2009年、日体大に入学し、トライアスロン部に入部。世界大学選手権に出場。13年に卒業後、トライアスロン実業団チーム「ケンズ」で活動。16年に現役を引退し、埼玉県の中学校教員に採用された。20年に休職し、駿河台大に編入学。自己ベストは5000メートル14分11秒10、1万メートル29分26秒99。165センチ、52キロ。

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