侍ジャパン・栗山英樹監督、走攻守三拍子そろっていたヤクルト時代…阪神入団60年・安藤統男の球界見聞録<25>

スポーツ報知
侍ジャパン・栗山英樹監督

 球界の動きは早いですね。野球の日本代表が東京五輪で金メダルを取ったのはつい半年前ですが、もう来年には「第5回WBC」が行われます。日本代表には東京五輪に続く世界一を期待したいですね。

 その日本代表を率いるのが日本ハム前監督の栗山英樹君です。まず何よりも、栗山監督には日本ハムでの長年の指導、お疲れ様でした。休む間もなく「侍ジャパン」監督の大役ですが、頑張ってください。

 栗山君とは関根ヤクルトで3年間、コーチと選手の関係でした。彼が日本ハムの監督になってからも、私が解説の仕事で球場に行って試合前の練習をベンチで見ていると、外野から飛んできてあいさつをしてくれました。律儀な人間です。

 栗山君が現役の時「バントがうまく出来ない」というのでアドバイスしたことがあります。彼は右投げ左打ち。私の経験では右投げ左打ちの選手はバントがうまくない人が多い。左打者のバントは後ろの左手でバットの操作をしなければならないのですが、どうしても利き腕の右手を使ってしまうのです。そこで、私なりのバント成功の確率が高くなる方法を話しました。「サインが出て早く構えてしまうと体に力が入ってしまうから、セーフティー(バント)気味にやってみたら?」。

 栗山君はそれほど時間をかけず、その方法を体得しました。センスがよく、飲み込みが早い選手でした。私のコーチ3年目の89年に規定打席に到達すると、ゴールデン・グラブ賞も獲得しました。故障や病気などで現役は7年で終わりましたが、球界に「走攻守三拍子そろった選手」の印象を残したと思います。

 日本ハムの監督として、日本一にもなりました。監督7、8年目の年だったでしょうか。「10年やれよ」と声を掛けたら「毎年毎年、一杯一杯です」と言っていましたが、きっちり10年やりました。「名監督」の1人に挙げられるでしょう。

 昨年は「大谷フィーバー」に沸いた年でした。球界に革命を起こしたエンゼルス・大谷翔平の「二刀流」の成功は大谷自身の才能と努力の結果でもありますが、この功績は彼に「二刀流」を続けさせた日本ハムの既成概念に捕らわれない考え方と、栗山監督の“確かな眼”“柔軟性ある思考”にも与えられていいのではないでしょうか。

 大谷が投手か打者かで世間を騒がしていた時、栗山監督に聞いたことがあります。「大谷をどうするの?」。栗山監督はこう答えました。「バッティングがいいのは分かっています。でも、ピッチングもいいんですよ。本人が『やる』と言っているうちは両方やらせようと思っています」。この判断が今の大谷を作ったとも言えます。

 こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、巨人や阪神のように周囲の声に影響されやすい球団だったら、投手か打者のどちらかに専念させていたかもしれません。私だったらどうしてた? 打者に専念させていたでしょうね。投手は肩、ひじを故障したら野球人生が終わる危険性があるのに対して、打者は少々のケガをしても寿命が長いからです。栗山監督と日本ハムの判断は、今振り返ると正解です。

 さて、今回は選手・栗山、監督・栗山のことを書きましたが、ヤクルトでこの人に触れないで終わるわけにはいきません。若松勉です。次回は私が見た“ミスター・スワローズ”を―。(スポーツ報知評論家)

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