松岡昌宏、ジャニーさんとのTOKIO大切に 定年までのTOKIO楽しむ…インタビューロングバージョン(前編)

スポーツ報知
ジャニーズ事務所

 ジャニーズの人気アイドルのインタビューコーナー「J」が今年から「ジャニーズDX」として第1、2金曜日掲載にパワーアップ。リニューアル第1弾は、TOKIOの松岡昌宏(44)が登場。1989年(平成元年)の入所から33年。変わらず俳優業にまい進する一方で、昨年4月には城島茂(51)、国分太一(47)と共に「株式会社TOKIO」を始動。“起業”した背景には、ジャニー喜多川さん(享年87)への思いがあった。

 「パララララ~」。自身が長年出演する「必殺仕事人」のテーマ曲を口ずさみながら、松岡は取材部屋に現れた。今年も1月クールからテレビ朝日系「必殺仕事人」(9日・後9時)や日本テレビ系「逃亡医F」(15日スタート、土曜・後10時)に出演するなど多忙を極める。

 「どのクールも大変ですけど、冬と夏のクールはやっぱりね(笑い)。ただ我々の仕事は寒さも暑さも乗り越えないといけないですし、体調を崩さないようにね」

 1989年に入所し、94年にはTOKIOとしてCDデビュー。四半世紀以上を駆け、11日に45歳を迎える。

 「アラフィフでしょ? 子供の頃から30代で頑張って、40、50代をしっかりやるのが男だと思っていたし、それは今でも変わらない。あと15年、いやもう少し早いかな。12歳から働いているので、定年は55歳くらいかな」

 それでもまだ「毎日が1年生みたいなもん」だという。

 「30何年やっても、たとえばこれからやる日本テレビの役柄は何十年やっていても初めてやる役なんだから。キャリアというのは、ときに邪魔をするしね。プライドとか。その時その瞬間の役と向かい合ってやっていくしかない。それは毎回意識していて。だから飽きないんだと思う。以前は、休む暇もなくやらないと嫌でしたけど、今は無理して仕事しても仕方ないと。ちゃんと楽しむことが大事」

 長年連れ添った仲間と「楽しむ」ことを続けている。昨年4月1日。城島、国分と共に「株式会社TOKIO」を始動した。

 「正直商社を作るわけじゃないので。全く知らないことをゼロからスタートしているわけじゃない。今までの経験やキャリアの延長線上にあるもの、たとえば僕にとっては食で、丸亀製麺さんとのパートナーシップでレシピを考えさせてもらったりしているんですけど。自分のやれることや、できることしかしない。知ったかぶりはしない。今まではCMに出るなら出るだけだったんですけど、企画を考えて自分たちでやるといった感じで。新しい挑戦ではあるんですけど、楽しんでやっていますよ」

 気心知れた3人だからこそ仕事もスムーズだそう。

 「(副社長兼)広報担当というのは発表する30分前くらいに言われただけで、役職なんて何でもいいんですよ。3人しかいないんだから。国分がアイデアを出して、自分はいろいろな人に伝えて、城島がまとめ上げる。その形が合っているよね」

 “起業”するにあたり、松岡は2人に「会社に残って新しいことをやろう」と発した。その言葉には、ジャニーさんへの思いが宿る。

 「先代が生きていたらやっていなかった。解散していたと思います。先代がいなくなったことで、『やめるわ』と言えなくなっちゃったんですよ。TOKIOと名付けたのはジャニーだったので。急に重みを感じるようになったんですよ。『この屋号だけは捨てらんねーな』って。それを2人に伝えたら、国分が『会社、作るか』って。10年前でも、10年後でもやってなかったな」

 今もTOKIOという名前を大切に守り抜く。天国のジャニーさんは、何と言うだろうか。

 「僕の人生は2つあって。12歳までの人生と、それからの人生。彼から『ユー、やりなよ』と言われて、恋い焦がれた芸能界に入って180度人生が変わった。恩人であり、僕の足長おじさん。あの人との出会いが全てで、感謝しかない。TOKIOの名前を守っていることを喜んでくれていたらうれしいですね。でも実際は『恩着せがましいな』なんて言っているんじゃないですかね(笑い)」(ペン・田中雄己)

 ◆松岡 昌宏(まつおか・まさひろ)1977年1月11日、札幌市出身。44歳。89年にジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.として少年隊やSMAPのバックダンサーを務める。90年にTBS系「愛してるよ!先生」でドラマデビュー。94年にTOKIOとしてCDデビュー。97年に日本テレビ系「サイコメトラーEIJI」でドラマ初主演を務める。2007年から「必殺シリーズ」で経師屋の涼次役で出演。趣味は料理、サウナ。身長181センチ、血液型A。

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