今季限りで現役を引退した前日本ハム投手の斎藤佑樹氏(33)が、学生野球を指導するために必要な資格回復の研修を受講したことが28日、スポーツ報知の取材で分かった。2月2日に行われる日本学生野球協会の審査で承認されれば、国内の高校、大学野球の指導が可能になり、メディア側として高校球児へ直接取材することにも支障がなくなる。第二の人生へ、新たなチャレンジへの道が開かれる。
自身を育んだ高校、大学野球への「恩返し」に強い意欲を示す、斎藤氏の願いがかないそうだ。日本学生野球憲章はプロ野球経験者の関与を原則的に禁じており、指導には、プロ球団退団とプロアマ双方の研修を受ける資格回復の手続きが必要になる。その研修を斎藤氏が25日までにオンライン受講したことが判明。リポート提出を経て、来年2月2日に資格回復が認定される見通しだ。斎藤氏は動機をこう語った。
「お世話になったアマ野球に対して、僕ができることは何かと考えた時、まずは一つのハードルをクリアしておかないと、と考えていました。研修はすごく勉強になりました。僕の知らない野球の歴史がたくさんあり、もっと早く知っておくべきだとも思いました」
ユニホームに別れを告げた斎藤氏だが、第二の人生へ精力的にアクションを起こしている。10日には自身の会社「株式会社斎藤佑樹」を設立。「野球人生のなかで感じてきた問題意識のようなものがいくつもあるので、それに対してなんらかできることがないかを考えて、カタチにしていきたい」と意気込みを記した。
中でも原点となる学生野球への思いは強い。今月上旬、松山市で行われた大学日本代表の選考合宿を訪問。先日は大阪市内の日本高野連を訪れ、引退の報告を行った。早実のエースだった2006年夏の甲子園における、駒大苫小牧との決勝引き分け再試合の激闘は語りぐさ。あの夏に投じた948球は1大会の最多投球数として記録に残る。投手の登板過多などの問題も横たわる中、経験者の視点からアマ球界のさらなる発展に寄与したいとの思いがある。
資格回復によって高校球児への直接取材も可能になる。斎藤氏は言う。
「野球界にある課題を、自分の目と耳で取材しながら、アクションを起こせるようにしていきたい。高校や大学の監督さんに、いろいろな話を聞きに行きたいと思っています」
現時点では指導者就任のプランはないが、近い将来、ユニホームに袖を通すことにも期待が高まる。「メディアに出ないところでも、現場に足を運んでいきたいです」と斎藤氏。視野を広げ、豊富な経験と知見を自らの言葉で伝えていく。
◆斎藤 佑樹(さいとう・ゆうき)1988年6月6日、群馬・太田市生まれ。33歳。早実3年時に春夏連続で甲子園出場。夏は決勝で駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合を制して優勝。早大では東京六大学リーグ通算31勝15敗で、リーグ史上6人目の30勝&300奪三振。2010年ドラフト1位で日本ハム入団。21年10月に引退。プロ通算89試合に登板し15勝26敗、防御率4.34。176センチ、77キロ。
◆学生野球資格を回復した主なプロ野球選手(13年の大幅規制緩和以降)
▽イチロー(元マリナーズなど) 日米通算4367安打を記録し、19年3月に現役を引退。日米での功績などが評価され、マリナーズ在籍のまま20年2月に学生野球資格を回復。シーズンオフ限定での指導が可能となり、同年12月に智弁和歌山高、今年11、12月に国学院久我山高、千葉明徳高、高松商で短期間の指導を行った。
▽中谷仁(元巨人など) 捕手として15年間プレー。17年から母校・智弁和歌山高のコーチとなり、18年8月に監督就任。今夏の甲子園で優勝を果たした。
▽佐々木誠(元ダイエーなど) 俊足強打の外野手として17年間プレーし、首位打者、盗塁王などのタイトルを獲得。ダイエーなどのコーチ、社会人・セガサミーなどの監督を歴任し、18年1月に鹿児島城西高の監督に就任。20年センバツ(コロナ禍で大会中止)出場に導いた。
▽大塚光二(元西武) 外野手として12年間プレー。日本ハムコーチなどを経て15年7月に母校・東北福祉大の監督に就任。18年の全日本大学選手権で優勝した。
▽小宮山悟(元ロッテなど) 米大リーグ・メッツなどで日米通算117勝をマークするなど44歳までプレー。母校・早大の特別コーチを経て19年1月から監督に就任。20年秋のリーグ戦を制した。