【追憶2021】千葉真一さん、常に口にしていた「日本の作品を世界へ」…高倉健さんの付き人時代から

スポーツ報知
芸能生活50周年記念式典で殺陣を披露した千葉真一さん

◆俳優・千葉真一さん 昨年8月19日、新型コロナウイルスによる肺炎のため82歳で死去

 2021年も多くの著名人の方々が鬼籍に入られました。スポーツ報知では、身近な人の証言や知られざるエピソードとともに、故人をしのびます。

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 日本のアクションスターの第一人者である千葉真一さんが亡くなって数か月。長女の真瀬樹里(46)は「やっと父が亡くなったことへの実感が湧いてきた」と話す。「亡くなった直後は、『あんな元気な父が死ぬはずがない』と思っていた。ひつぎに入った父は、ものすごく穏やかな顔だった。今にでも起きてくると思ってしまうほどだった」。改めて父の死を自分に言い聞かせるように語った。

 自身も殺陣の名手である真瀬だからこそ感じる、父の偉大さがある。千葉さんが1973年に設立し、俳優・真田広之(61)らを輩出したアクション俳優育成塾「ジャパンアクションクラブ(JAC)」の魂は、今でも映画界に多大な影響を与えている。「父が30代の時に築き上げた組織が、今もアクションやスタントの土台となっている。アクションを撮影する際、安全性の指針を作った父の功績はすさまじい」

 生前、千葉さんが常に口にしていたのは、「日本の作品を世界へ」だった。千葉さんは俳優・高倉健さん(享年83)の付き人時代に、高倉さんの後ろ姿から海外進出の思いを胸に刻みつけたという。

 「幼少期からずっと父の海外への思いは聞かされていました。忍者、侍など日本の文化は絶対に通用するし、通用する姿を見せないといけない」と真瀬。千葉さんがその思いを結実させたうちの一作が映画「キル・ビル」だった。また、撮影のため自宅にいることが少なかった千葉さんからかけられたさりげない日常の言葉「舞台袖で悩んではいけない。頭を空っぽにしろと。一生懸命に稽古をしたなら、体が勝手に動いてくれる」が、今でも心に刻まれている。

 1月22日、83回目の千葉さんの誕生日には、お別れ会が行われることが決まった。千葉さん自身が新型コロナウイルスで亡くなったこともあり、開催するか悩んだが、真瀬が喪主として営むことになった。「父を慕ってくださった皆さまが、そうしても父に会いたいと言ってくださっている。優しくて、破天荒で、派手なことが好きだけど、さみしがり屋な父だったので、お別れ会は喜んでいるかな」。千葉さんは天国に行ってからも太陽のように仲間を照らし続ける。(増田 寛)

 ◆千葉 真一(ちば・しんいち)本名・前田禎穂。1939年1月22日、福岡市生まれ。59年、東映ニューフェイスに合格。同年テレ朝系「七色仮面」で俳優デビュー。61年「風来坊探偵 赤い谷の惨劇」で映画初主演。94年、米国の永住許可証取得。長女は女優・真瀬樹里、長男は俳優・新田真剣佑、次男は俳優・眞栄田郷敦。2021年8月19日、新型コロナウイルスによる肺炎のため死去。享年82。

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