羽生結弦「五輪って発表会じゃない。勝たなきゃいけない場所、僕にとっては」…全日本選手権一夜明けで思い語る

スポーツ報知
全日本選手権の一夜明け取材に応じた羽生結弦

◇北京五輪代表選考会・全日本選手権 一夜明け(12月27日、さいたまスーパーアリーナ)

 2年連続6度目の優勝で北京五輪代表に決まった羽生結弦(ANA)が、オンラインで一夜明け取材に応じた。94年ぶりの3連覇へ、スイッチが入ったのは26日のフリー後だった。代表のジャージーに袖を通し、勝ちに行くことを誓った。「五輪って発表会じゃない。勝たなきゃいけない場所、僕にとっては」と言い切った。

 ―昨日の会見で、優勝目指すと。3連覇を決意したのはいつ

 「3連覇を決意したのは、えー、このジャージを、選考会が終わって、選考委員会が終わって、ええ、まあ代表に選んでいただいて、で、ジャージを頂いて、で、記者会見に行くっていうところですかね。やっぱ、そのジャージに、その腕を通した時に、『あ、これがオリンピックだな』って。でも、自分はやっぱり2連覇っていうものをすでに持っていて、それを失うことは確かに怖いんですよ。負ける確率のほうが、間違いなく平昌オリンピックより高いと思いますし、今のところは。ただ、このユニホームを着た時に、『あぁ、これは勝ちに行くんだな』『勝ちに行かなきゃいけないんだな』ってなんか改めて、思わさせて頂いたように思います」

 ―同じ東北で同じ年齢の大谷翔平の存在について。刺激を受けるか

 「あの、正直フィギュアスケートの、その全盛期って、23歳だったり24歳ぐらいが全盛期みたいな感じで思われていたんですけど。やっぱり野球とか見ると、もっと…何ですかね、30歳代の、30代前半の方があの本当に、脂がのってていい時期だとかっていう話を聞いたりだとか。実際に自分の…同年代でいいんですかね、完全に。完全に同年代の選手が、ああやって、今まで史上1番多分いい出来の、あの状態を、保っているところを見たり、また手術後で、本当に大変だったり、前人未到のことを自分で切り開いてやっているところを見たり、本当に僕自身、勇気づけられて。僕も、まだ見ぬ世界かもしれないですけど、4回転半というものに、まあ1人で、ある意味1人で挑み続けているので。本当に勇気をもらっています」

 ―昨日の取材の中で、4Aについて自分の描いている将来の時よりも遅れていると。描いていた4Aの成功のスケジュール、過程は?

 「正直、平昌後、次のシーズンに降りれると思ってました。ふふふふっ。それぐらい、アクセルには自信がありましたし、あの4回目半というものが、そんなに大変なものだっていう風に自覚はしてなかったです。ただ、やっぱり、えぇ怪我があったりとか、色んなことがあって、なかなか4回転半に集中できない時期があったんですけど。集中してやればやるほど、怪我が常につきまとう。そして集中してやればやるほど、4回転以降回る事がどれだけ大変かということを、なんか改めて痛感した、ええ~、この4年間だったんじゃないかなというふうに思っていて。まあ実際今、4回転半回しにいってますけれども、こうやって軸が取れるようになったのもほんとにここ最近の話なので。本当大変だったなって思ってます」

 ―4回転は。1日何本までと決めている

 「あー、そうですねぇ。具体的な本数で決めているわけではないです。ただ、その時の体調次第によっては、えぇまあ『4回転半じゃなくていいぞ』っていう日ももちろんありますし、ただ、その4回転半のために、じゃあトリプルアクセルどういうふうに練習して行くかっていうことだったりとか、そういった面で、『じゃあトリプルアクセルは今日何本にしよう』とか。または、じゃあ4回転半じゃなくても、4回転ジャンプで同じような感覚を何かつかめるものがあるんだったら、じゃあ4回転ジャンプをそのトリプルアクセルの後に何回挟んでいこうとか、そういったことは考えてますね」

 ―4回転半への想いをずっと言葉に続けてきた。昨日初めてオリンピックで勝ちに行くと口にした。言葉の力とは

 「はい、ええ…まあ僕自身、ずっとここまで競技をやってきて、有言実行は絶対したいなって言う風に思ってきました。だから、まあある意味自分の言葉が鎖だったり、プレッシャーだったりはするんですよね。それがあるからこそ、僕は絶対にそれを達成したいってずっと思い続けているわけであって。あきらめないでやれるのは、そういう言葉たちのおかげなのかなっていうふうに思ってます」

 ―自分で言葉にすることでより自分を勇気づけられる面もあるのか

 「僕の場合は勇気づけられるとかっていうことよりも、整理ができるって言う方が近いです。自分の気持ちだったりとか、自分が考えているプランだったりとか。または、自分が今どういう感覚でジャンプをしたのかとか、そういったことを声に出すことによって、なんか整理されていい結果が出てくることが多いです」

 ―ソチと平昌みたいな熱量は無いと以前言っていた。ジャージに袖を通した瞬間に切り替わったと。なぜ?

 「(笑い)そうですねぇ。やっぱり、まあ、昨日の会見…会見っていうか囲みでも、話させていただきましたけど、やっぱ悔しかったんですよね。そのー、qぐらまでの、q判定(4分の1回転不足)ぐらいまでのところに行って、やっぱ跳べなかったっていう。なんかそこで終わらせてしまうことへの怖さだったりとか。またはやっぱり、その、自分が跳べるって言ってくださる方への、なんか裏切りみたいな感じにも思ってしまったんですよね。それがじゃあ果たして自分がやらなきゃいけないことなのかって言われたら、分かんないんですけど。でも、やらなきゃいけないかどうかわかんないですけど、義務かどうかわかんないんですけど、でもそれができるって言ってださる方がいらっしゃるんだったら、やっぱ僕は諦めずにやらないとそれはみんな皆さんへの裏切りになってしまうなぁっていう、ふうに思えてたので。まあ、全日本に行くにあたって、ここではやめられないなって。北京オリンピックまで、覚悟を持ってやるつもりでやんなきゃいけないなっていうふうに思いました。で、またなんかそのオリンピックって、やっぱり発表会じゃないんですよ。やっぱ勝たなきゃいけない場所なんですよ、僕にとっては。やっぱり2連覇していることもあるので。2連覇は絶対失いたくないし。だからこそ、また強く、決意をもって、絶対に勝ちたいなって思いました」

 ―昨日、今のままでは勝てないと言った。どうしたら勝てる

 「まあ単純に、あれに4回転半をしっかりGOE(出来栄え点)プラスでつけれる構成にしたいです。まあ、はっきり言って4回転半と、例えばルッツとか、ループとかっていう構成は、現実的ではないと思うんですね。で、またここから1ヶ月ちょっとしかない状況の中で、やれることは多分アクセルぐらいだと思っているので。しっかりアクセルも練習してって、あとはショートに関しても、まだ完璧なところではない…ので全く。サルコーぐらいですかね、よかったなと思えるのが。だから、それ以外もっと、ええ、ま、あ点数につながり切るかもどうかわかんないですけど、ただ、あの詰めて詰めて練習したいなって思ってます」

 ―体の衰えを感じていると言っていたが、どんどん上手くなっているように見えるのだが

 「ハハハ。あのう、なんか、20…そうですね、24歳5歳位の時ですかね。あの、すごく成長が止まったなって思った時期と、あのー、フリーが通せなくなったなっていう時期と、結構あったんですよ。でも、僕多分今、一番うまいです。間違いなく。それは、多分トレーニング方法が自分で確立できるようになった。自分でプランニングできるようになった。そして、羽生結弦にとっての、フィギュアスケートのトレーニングが、どういうものかっていうことが、確立されて、それを実行できるようになったのが1番大きいんじゃないかなっていうふうに思います」

 ―2年前のグランプリファイナルで理想の羽生結弦は9歳の頃の自分だと。そういう無邪気な自信が、4Aに立ち向かうのに必要か

 「あー、あの頃の自分の強いところは、勝てるところです。だから…そうですね、4回転半に対して、じゃああの頃の自分の気持ちが、アプローチが効くかって言われたら、そうではないかなっていう。あの頃の…何ですかね。『何やっても勝てる』みたいな自信が、あのう…なんて言えばいいんだろう…勝つことに関しては、一番必要なんじゃないかなって思うんですよね。ただ、そういうふうな自信を持てるっていうのは、やっぱ、あの時なりに、すごく練習してたからなんですよね。『誰よりも練習して』るって思いましたし、『誰よりもうまい』って思いながら練習できましたし。だからそういうのが、オリンピックって、もっともっと必要になる場所なので。まあもちろんアクセルも含めて、しっかり練習して行きたいなあっていうのは思ってます。で、やっぱりあの時の自分が一番強いなっていうか、一番…強いって言い方が……なんか、さっきの話とちょっとごっちゃになってあれですけど、技術的には、今が間違いなく、今が一番強いです。ただ、精神的にはあの頃が一番強くて輝いてるなって思えるので。あの時の自分を大切にしたいなっていうふうには思っています」

 ―4回転半のアプローチが違うというのはどういう趣旨か

 「自信があれば跳べるものじゃないんですよね。へへへっ。やっぱり無邪気に、がむしゃらにやって跳べるジャンプじゃないなっていうことを、この4年間ずーっとぶち当たりながら考えてきたことなので。だから…どれだけ緻密に計算できるか。どれだけ緻密に、戦略を立てて計算をして、その4回転半という成功を、つかみ取れるかっていうことが大事だと思っているので。その点に関しては、今の方が間違いなくうまいです」

 ―去年は体重を増やした。今年は減らしているのか

 「いや、減らすつもりは…減らすつもりはなかったっていうか、増やすつもりもなかったというか…。そうですね。なんか中途半端ところなんですけど。ええっとー、正直自分の中では、もうちょっと減らせたかなって思って全日本に入りました。もうちょっと軽くてもいいんじゃないかなと。ただ、あのー去年の、体重から比べてみたら、そうですね、全日本に関しては2キロ位。あー、2キロまでいかないかな。1キロぐらいですかね、減ってますし。世界選手権と国別に関しては3キロ以上減ってます。まあどっちがいいかわかんないです。世界選手権と国別に比べて。ただあの、それがどれが正解かは分かってないです、はい」

 ―長らく仙台で調整してきたが、改めて故郷で過ごしてきた感想を。けがのとき心の支えは?

 「う~ん、まあやっぱり、今埼玉にいたりとか、まあ試合で遠征に行くことは多々ありますけれども、やっぱ仙台の街並みって、自分の中に常に残っている町並みで。まぁもちろん都市開発があったりとかして、どんどん変わっていくところはありますけれども、やっぱりそこに懐かしさがあるだけでも、やっぱり心がホッとするというか。すごく温かい気持ちになれてます。ええ…と、ちょっとまあ、けがの時期とか大変なことももちろん、もちろん自分の人生の中には、大半が怪我で苦しんだりとか、まあ大半がリンクなくなって練習できなくなってるか。本当に、そういう苦しみが沢山ありましたけど、でも、うん…なんかこうやって今生きて、皆さんの前でしゃべって、誰かの前で演技をして、どっかの誰かが自分の演技を見て何かを感じ取ってくださっているっていう瞬間が、本当に素敵だなって思えるので。もうそのことの幸せを、常に感じていたらいいなあって、なんか自分の中では思ってます、今」

 ―これからも仙台で調整するのか

 「そうですね。仙台で頑張ります。たぶん、たぶん(笑い)」 

 ―取材終了の時間です。

「すみません、ありがとうございました。またよろしくお願いします、みなさん」

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