【回顧2021】池袋暴走事故遺族・松永拓也さん、困惑した飯塚幸三元被告の言葉「謝罪は私的にはしない。裁判上で行いたい]

妻の真菜さんが残したレシピノートを見つめる松永拓也さん
妻の真菜さんが残したレシピノートを見つめる松永拓也さん
引越の準備で見つけた莉子さんの写真
引越の準備で見つけた莉子さんの写真

 2019年4月に発生した東京・池袋暴走事故で自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた飯塚幸三元被告(90)の刑事裁判は今年9月、東京地裁での1審で禁錮5年の実刑判決が確定し、元被告は10月に収監された。事故で妻の真菜さん(当時31)と長女の莉子ちゃん(同3)を失った松永拓也さん(35)は、収監直前の元被告側から直接謝罪の意思表示があったことを明かした。(北野 新太)

 親子3人で暮らした2DKには、まだどこか真菜さんと莉子ちゃんの体温が残っている。レシピブックとフェルトの刺しゅう品、ぬいぐるみや絵本。事故後、近くの実家で暮らす松永さんは10月から2DKの片付けを始めたが…あまり進んでいない。「一つ一つのものに向き合うことは今の僕に必要なことなんですけど、手に取ると思い出して泣いちゃうんです。どうしても…戻りたい、会いたい、触れたい、抱きしめたいと思ってしまうから」

 昨年10月から今年9月まで約1年に及んだ刑事裁判は元被告の無罪主張を東京地裁が退け、禁錮5年の実刑判決が下された。元被告側は控訴せず、判決が確定。過失を認める談話も発表し、収監された。「刑務所に入ったからといって私の心に変化はないです。むなしさだけ残ります。逆に知りたかったことは全部分からないまま終わっちゃった。主張する権利は尊重しますけど、こんなにもあっさり過失を認めるなら、もっと前に胸に手を当てて考えてほしかった」

 並行する民事裁判の準備書面で、収監直前の元被告側から直接謝罪の意思表示があった。事故後、法廷での発言や文書での謝罪の文言はあったが、直接の機会はなかった。「悩みましたけど、刑務所に入る彼の救いになればと思って受けるつもりでした。でも、裁判上で受ける必要はないので『外の会議室でもどこでも受けます』という話をしたら、あちらは『謝罪は私的にはしない。裁判上で行いたい』と…。本当に謝りたい人の行動じゃないですよね。そのくらいの気持ちなんだな…とどうしても思ってしまって断りました。僕とは感覚が違う方なんでしょうね。本当に何を考えていらっしゃるのか。もう分からないです」

 現在、会社勤務の傍ら「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」副代表として交通事故撲滅に向けて多岐にわたる活動を行っている。「僕にはまだまだできることがあります。本当の意味で2人の命を無駄にしないためにも活動したい。もちろん誰かの命や幸せが守られてほしいという願いがありますし、僕自身の生きる力になっているので。池袋暴走事故も風化していくだろうと思いますし、すでに少し風化していると思うんです。でも、多くの人の記憶から消えても、僕は続けていきます。死ぬ時に胸を張って2人に会いたいから」

 事故の数週間前、松永さんは真菜さんから将来の夢を告げられた。いつか3人でスウェーデンまでオーロラを見に行くこと。いつか故郷の沖縄に帰り、海を望む一軒家を中古でも小さくても買い、改装して暮らすこと。松永さんは愛する人の夢を継ぐ。「彼女のいない沖縄で暮らすことはできないですけど、3人で暮らしたこの家を彼女が好きだったシンプルな雰囲気の部屋に改装して住もうと思っています。今はちょっと難しいですけど、いつかスウェーデンにも行って、僕を通してオーロラも見せてあげたいです。心は一緒に生きていこうと思っています」

 ◆池袋暴走事故 2019年4月19日午後0時25分頃、東京都豊島区東池袋4丁目の都道を運転していた旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三元被告(当時87)が運転する乗用車が暴走し、自転車で横断歩道を渡っていた主婦・松永真菜さんと長女の莉子ちゃんをはねて死亡させ、通行人ら9人に重軽傷を負わせた。重大事故にもかかわらず加害者が逮捕されなかったため、世論には「上級国民に対する警察の忖度(そんたく)では?」との声が相次いだ。元被告は19年11月に書類送検、20年2月に在宅起訴。同年10月から刑事裁判が始まり、21年9月に禁錮5年の実刑判決。控訴せず、翌10月に収監された。事故後、高齢者の免許返納が増えるなど社会的影響を与えた。

妻の真菜さんが残したレシピノートを見つめる松永拓也さん
引越の準備で見つけた莉子さんの写真
すべての写真を見る 2枚

社会

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請