11月1日にスタートしたNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(総合・午前8時ほか)が、異例の巻き返しを見せている。本作の初回平均世帯視聴率は16・4%だったが、11月25日放送の第19回で17・2%を記録。週平均視聴率も第1週の15・5%から第6週には17%と大きく数字を伸ばした。(数字は関東地区、ビデオリサーチ調べ)
一般的に連続ドラマの初回視聴率は「面白そうだから、とりあえず見てみよう」といった“ご祝儀”が加わるため、全話を通じて高い数字になることが多い。しかし回を重ねるごとに“ご祝儀”が減り、初回以上に数字を上げるのは難しいとされている。そうした中で、なぜ「カムカムエヴリバディ」は、途中から支持が拡大したのか。物語を振り返ると、5つの要因が浮かび上がってきた。
〈1〉戦下の悲劇=平均視聴率17%台を初めて記録した第19回では、戦時中の悲しい別れが描かれた。ヒロイン・安子(上白石萌音)の父・金太(甲本雅裕)は、母と妻を失った悲しみを乗り越え、おはぎ店の復興に立ち上がる。だがある晩、息子・算太(濱田岳)が戦地から帰ってくる幻を見ながら亡くなってしまう。「おめえがのう、いつ帰ってくんのかわからんからのう、ここを動かず待っちょったんじゃ」涙ながらに金太が算太に打ち明けるシーンは、多くの視聴者の胸を打ったことだろう。あまりに衝撃的な展開に、直後の「あさイチ」で鈴木奈穂子アナが号泣してしまったほどだった。
朝ドラがヒットする要因の一つに、ヒロイン像が「時代と戦う女性」という定説がある。かつて朝ドラを担当した制作統括は「生きるのに制限がある時代の方がドラマに深みが増す」と語っていた。戦争だけでなく様々な困難にヒロインが立ち向かう本作も、この“法則”に該当する。
〈2〉脚本のテンポの良さ=親子3代のヒロインを描く本作は、第1週で1925年から一気に15年を駆け抜けたように、これまでの朝ドラにない速さで展開している。最近の作品では第1~2週で幼少期を描くのが定石だったが、本作では第3回から早くも上白石が登場するのだ。1話見逃したらついていけなくなりそうなスピード感は、視聴者を飽きさせないテンポの良さにつながっている。
オリジナル脚本を手がける藤本有紀氏は、2007年に連続テレビ小説「ちりとてちん」、12年には大河ドラマ「平清盛」を担当するなど、NHKドラマの常連だ。今回は満を持しての2度目の朝ドラで、短い登場期間でも各キャラクターを掘り下げている。当初はいじわるだった義母・美都里(YOU)は最終的に愛される形にすることで心地良い余韻を残した。ヒロインが次々と家族を失う中、算太が帰還するシーンでは、その名前を生かし「クリスマスに算太がやって来ました」と視聴者を安堵させた手腕もうならせる。
〈3〉上白石萌音の熱演=各賞を受賞した「恋はつづくよどこまでも」や「オー!マイ・ボス!恋は別冊で」など、これまで恋愛ドラマの印象が強かったが、本作では自身初という本格的な母親役を好演している。愛娘・るいと一緒におはぎを作ったり、英会話ラジオを聞く姿は本物の母子を見るようだ。ほっこりとした雰囲気を醸し出しながら、そこはかとなく昭和の薄幸さも漂わす。夫・稔(松村北斗)を戦争で亡くした後、岡山を飛び出し、娘と大阪で生活を始めたが自分はろくに食べもせず働きづめの日々。疲労がたたり、事故に遭遇し娘の額に傷を負わせることなるシーンでは、我が子を案じる姿をリアルに演じてみせた。
放送開始前、「戦争を経験をした方々に失礼のないよう、リアリティーを持って演じていかなければ」と覚悟を語っていた上白石。地元・鹿児島の祖父母に戦時中の話しを聞き、役作りに励んだ。11日放送の「土曜スタジオパーク」に生出演した際には、オフでも共演者と岡山弁でLINEのやり取りをするなど、役への没入ぶりを明かした。
まだ23歳にもかかわらず、セリフのない場面でも表情で視聴者に訴えかける演技は、器の大きさを感じさせる。英検2級を有し、劇中ではプライベートでも勉強していたという堪能な英会話も披露。本作の鍵を握る英会話が、有形無形のリズムを生み出している。今年は紅白歌合戦への初出場も決まった。松村と同じ舞台に立つ中、どんな演出がなされるか注目したい。
〈4〉はまり役の共演者=先述した最期のシーンだけでなく、土砂降りの焼け野原で慟哭する父の姿も印象的だったた甲本。心に負った傷をひた隠しながら強がり、自由奔放な兄を演じる濱田。安子と長男の結婚に反対し、対立しながらも最後は孫のるいに思いを寄せながらナレ死を遂げる義母を演じたYOU。安子と恋に落ち、誠実な夫を演じた「SixTONES」の松村は“稔さんブーム”を呼んだ。
そして兄と結婚した安子への思いを秘めながら、一途にヒロインを支え続ける勇役の村上虹郎。小細工なしでまっすぐに感情をぶつける役柄は、やはり似合う。他にも、喫茶店のマスター役で、将校クラブに乱入し「On the Sunny Side of the Street」を熱唱、その歌唱力をいかんなく発揮した世良公則。同時期にテレビ朝日で放送された連続ドラマ「和田家の男たち」で演じたコミカルな祖父像とは対照的な真面目な義父を演じた段田安則らが、脇を固める。今後のキーマンになりそうな米軍将校のロバート・ローズウッド役には、スウェーデン生まれの庭師・村雨辰剛が抜てきされた。
〈5〉3世代のヒロイン=3人のヒロインが登場するのは朝ドラ史上初の試みだ。1983年に大ヒットした朝ドラ「おしん」では1人のヒロインを小林綾子、田中裕子、乙羽信子が演じ分けたが、放送期間は1年だった。対して、本作は半年間。つまり、1人のヒロインの登場期間は2か月前後という計算になる。新たなヒロインの登場シーンを待つ楽しみがあると同時に、3度の“ロス”が待ち受ける。いずれにせよ上白石萌音、深津絵里、川栄李奈のトリプルヒロインを起用することで歴代朝ドラ作品以上に起伏に富んだストーリーになるだろう。
17日、同番組の公式HPでは第8週の予告編が公開され、大人になったるいを演じる深津絵里が登場した。安子が倒れ、長い黒髪姿の深津が振り返るシーンなどが映り、ネット上では「2人とも幸せになってほしい」「楽しみにしています」といった期待と不安が入り混じるコメントが寄せられた。2代目ヒロイン・るい編で新たな視聴者を獲得し、視聴率をさらに高める可能性も秘めている。
東日本大震災以降を舞台に、ゆったりとした展開でヒロインの“心の復興”を描いた前作「おかえりモネ」とは、多くの点で対照的な「カムカムエヴリバディ」。その違いが大きければ大きいほど視聴者には新鮮に映る。制作統括の堀之内礼二郎氏は「命、そして役割は前の世代から託され、次の世代につないでいくものだということ。大きな流れの中で生かされている命の尊さを感じてほしいと思っています」と制作意図を語った。
安子からるいへ、るいからひなたへ、100年に渡る「命の尊さ」の物語は紡がれていく。回を重ねる毎に、AIが歌う主題歌「アルデバラン」の「笑って、笑って、愛しい人」の歌詞が胸に迫る。愛する人たちを失いながらも懸命に生き抜くヒロインの姿は、コロナ下で未だ非日常を強いられる人々に勇気を与えてくれる。(記者コラム 元放送担当・江畑 康二郎)