【巨人】ドラ1・翁田大勢 兵庫の山で鹿と走った少年時代 播州弁「べっちょない」好き 新連載「夢は大きくー」(上)

スポーツ報知
翁田大勢

 巨人は8日、東京・両国国技館で「読売巨人軍2021シーズン感謝祭in国技館」を開催し、新人17選手をお披露目した。ドラフト1位の関西国際大・翁田(おうた)大勢投手(22)は、背番号「15」を初披露。菅野とも感激の初対面を果たし、1年目の目標に掲げる開幕1軍、2ケタ勝利、新人王からエースへの道を駆け上がることを誓った。スポーツ報知ではドラ1右腕のプロ入りまでの成長の軌跡を全3回で連載する。

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 最速157キロ右腕は、人口約2万人の山々に囲まれた兵庫・多可町で生まれ、自然と触れ合いながら育った。幼少期はゲームよりも、山登りや川で釣りをして遊んでいた。登下校の際は、「イノシシや猿と遭遇することはしょっちゅうありました」。動物と競ったりしたことはないが、夜に山道をランニングしていたら、「横で鹿も一緒に走っていたことがあります」と仰天エピソードを明かした。

 都会と違い、コンビニも少ない町だったが、「不便だと思ったことはない。坂が多いのでランニングに活用したり。そういう部分は今に生きていると思います」。西脇工3年時からグラブには「べっちょない」と刺しゅうを入れている。兵庫県で使われる播州弁の方言で「大丈夫」の意味。「多可町大好きですし、播州弁も好きなので。入れたいなと思いました」と郷土愛は人一倍強い。

 大勢と同じ、西脇工の野球部出身、父・八寿男さん(54)、兄・勝基さん(25)の影響で小学1年時から兄と同じ、軟式の「八千代少年野球クラブ」に入り、野球人生をスタートさせた。「父親が(チームで)コーチをしていたので、自然な流れで野球を始めました」。最初は周囲の友達と一緒にサッカーをやりたいと思っていたが、野球が嫌いというわけではなかった。「幼稚園の頃、紙管のバットと新聞紙のボールで遊んでいました。打つのも投げるのも両方。あのときが一番楽しかったです。センスがあったかは分からないですけど、昔から野球は好きでした」と懐かしんだ。

 母・いずみさん(54)は「小学生の頃とかは、昔の悪ガキみたいなことをしてよく先生を困らせていましたね」と話す。石を投げて窓ガラスを割ってしまったり、掃除機で水を吸わせるなど、先生たちからは「今の子らしくない、昔の子みたい(な悪いことをする)」と、いずみさんは何度か学校に呼び出されたという。誰にもいわず、友達とバスで遠出したことで行方不明騒動になったこともあり、「昔は本当にわんぱくな子でした」。それでも、「野球を通して、本当に人間としても成長してくれた。気遣いもできるようになって、立派になりましたよ」と我が子の成長に目を細めた。

 中学では氷上ボーイズでプレー。高校は父、兄だけでなく母、姉・あかりさん(27)の母校でもある、西脇工に進学。兄・勝基さんは13年に同校を初の甲子園に導いたエース。同じ学校に進めば兄と比較される…。それでも「自分らしくやることが大事」と入学を決めたが、試練が待っていた。(つづく)

 ◆翁田 大勢(おうた・たいせい)1999年6月29日、兵庫・多可町生まれ。22歳。西脇工では甲子園出場なし。関西国際大では2年春にリーグ戦デビューも3年秋は右肘炎症で登板がなく、今春も右肘疲労骨折で1登板だけ。復調した今秋は自己最速を4キロも更新する157キロを計測。スリークオーターとサイドの中間の高さから投げ込む速球が最大の武器。181センチ、88キロ。右投右打。

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