新作落語の雄・三遊亭円丈さん11月30日心不全で天国へ…昇太、喬太郎らに多大な影響76歳

スポーツ報知
三遊亭円丈さん

 落語家の三遊亭円丈(さんゆうてい・えんじょう、本名・大角弘=おおすみ・ひろし)さんが11月30日、午後3時5分に心不全のため都内の病院で亡くなった。76歳。4日に近親者や一門弟子での葬儀を済ませ、5日に落語協会が発表した。1964年に昭和の名人、6代目・三遊亭円生に入門。落語協会分裂騒動に巻き込まれるも、自作の新作落語で頭角を現し、“新作落語の雄”として春風亭昇太(61)、柳家喬太郎(58)ら後輩の落語家に多大な影響を与えた。

 自作の新作落語をひっさげ、戦い続けた円丈さんが、天国へと旅立った。

 関係者によると、円丈さんは数年前から物忘れの症状を訴えていたが、今年に入り、精密検査を受けた結果、認知症ではなく、硬膜下血腫であることが判明。5月に入院し、治療を開始した。

 症状に改善が見られたため、高座復帰を目指してリハビリに励んでいたところ肺炎を発症。転院して治療を続けていたが、11月30日に心不全のため息を引き取った。眠るように安らかな顔だったという。

 寄席(定席)の出演は昨年10月4日の新宿末広亭の夜席で、最後の高座は昨年12月23日、国立演芸場「円丈百席を聴く会」。毎年恒例の会のトリで代表作の「悲しみは埼玉に向けて」を口演した。晩年は「物忘れが激しい」と見台に台本を置きながら、高座を勤めていた。

 1964年に6代目・三遊亭円生に入門し「ぬう生」を名乗った。昭和の名人と評される円生の下で古典をみっちりと学ぶと、78年に「円丈」で真打ち昇進。その直後、師匠・円生が落語協会を脱会し、落語三遊協会を設立した「落語協会分裂騒動」では、師匠と行動を共にした。

 翌年に師匠が亡くなると、円丈さんは落語協会に復帰。渋谷ジァン・ジァンでの「実験落語」や、池袋演芸場では前日に客からお題を集め、翌日「三題噺(ばなし)」を披露する観客との十番勝負を行うなど、革新的な試みを続けた。80年代には阪神・掛布雅之選手と、金鳥マットのCMに出演。「カ、カ、カ、カ、掛布さん~」のセリフとコミカルなやりとりで人気を集めた。

 現在よりも古典落語の評価が高かった古典至上主義の時代に新作落語で孤軍奮闘し、風穴を開けた。それまでの新作とは一線を画し、幼少の頃に親しんだお菓子への愛を語る「グリコ少年」や、当時住んでいた北千住駅発の電車を描写した「悲しみは埼玉に向けて」など、斬新な手法で300席を超える新作落語を次々と生み出した。

 円丈さんの活躍に触発され、影響を受けたと公言する春風亭昇太、柳家喬太郎、弟子の三遊亭白鳥ら“円丈チルドレン”が活躍するなど、円丈さんが蒔(ま)いた新作の種は大きな実を結んだ。

 ◆三遊亭 円丈(さんゆうてい・えんじょう)1944年12月10日、名古屋市生まれ。64年に6代目・三遊亭円生に入門。「ぬう生」を名乗る。69年に二ツ目昇進。78年に「円丈」を襲名。直後に師匠とともに落語協会を脱会し、落語三遊協会へ。翌年、師匠が亡くなり、80年に落語協会復帰。2001年から協会幹部となり20年から理事を務めた。

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