「オウ同級生」親しくなったキムタクさんが喜んでくれた大道典嘉さんとのツーショット

スポーツ報知
大道典嘉さん(左)と木村拓也さん

◆2008年6月21日、巨人・ソフトバンク戦(川口浩カメラマン)

 「オウ同級生、久しぶり」

 「オウ久しぶり。お前、鬼コーチやの~」

 「バカヤロウ、俺より優しいコーチはいないよ(笑い)」

 横浜スタジアムでの試合前練習で選手を大声で鼓舞すると、笑顔で私のお尻をポンっとたたいてベンチ裏に引き揚げていった木村拓也さん。この何げないやりとりが最後になるとは思いませんでした。この翌日の2010年4月2日、広島での試合前ノック中に倒れ帰らぬ人に。関係者の話では、この時すでに相当の頭痛に悩まされていたそうです。

 私は07年から3年間、巨人担当カメラマンを務めていました。その時、木村さんと仲良くしていた他社の同い年のカメラマンが、私も同じ年齢だと紹介。そこから「オウ同級生」とあいさつを交わし親しくなりました。この頃木村さんと仲良くしていた選手が大道典良(登録名は典嘉)さん。当時、大道さんは福岡から、木村さんは広島から単身赴任しており、活躍する度に写真をパネルにして贈ると「離れて暮らす家族にあとで見せられる。励みになる」と笑顔で深々と頭を下げてお礼を言うので、いつか2人同時の活躍シーンが撮影できたらなぁと思っていました。

 それは08年の交流戦で実現しました。この日、ソフトバンクの先発・杉内俊哉に9回2死まで無失点に抑えられていましたが、代打・大道の起死回生となる左越え弾で延長戦へ、さらに12回には木村さんがサヨナラ打。ヒーローインタビューを受ける2人のベテランは、初めてお立ち台に立つ若手選手のような喜びようでした。

 劇的な試合展開だったため画(え)が多く、翌日の新聞にこの写真まで載るスペースはありませんでした。しかし翌日、この写真をパネルにして渡すと、木村さんは「やっぱりお前は持ってきてくれたか! 大道さん、昨日のやつ」と大道さんに見せてはしゃぎ、とても喜んでくれたのを覚えています。

 木村さんの死後、ある出版社から、この写真を使わせてほしいと連絡がありました。追悼本制作のためインタビューを受けた大道さんが、この写真をずっと大切にしているとのことで、ぜひ使いたいというのです。紙面に載ることはありませんでしたが、いつまでも人の心に残せる写真を撮れたと思える一枚になりました。

 【2008年6月22日付紙面より】ミラクルの扉をこじ開けたのは伏兵たちだった。0―1の9回、2死から代打・大道の一振りで延長戦に突入。1点を追うラストイニングは、途中出場の古城、鈴木尚がいずれも初球を叩いてサヨナラの好機を作り、36歳のスイッチヒッターも初球を叩いた。ヒーローはこの日、杉内の前に3度のチャンスでいずれも空振り三振。「情けなくて申し訳なかった。大道さんが救ってくれた。打席が回ってきて『よしっ』と思った」。勝負師が発揮した土壇場での粘り強さが、4時間19分の死闘に最高の形でピリオドを打った。(年齢は当時)

巨人

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