日本シリーズは悲喜こもごものドラマがあった「神戸」へ 記者の記憶に残るオリックスと近鉄の最後

スポーツ報知
2004年9月、統合される両球団のシーズン最終戦の試合後のセレモニーで、近鉄・梨田監督(中央上)を胴上げする近鉄ナインとオリックス選手

 連夜の接戦で盛り上がるプロ野球の日本シリーズは、神戸が決着の舞台となった。オリックスがヤクルトに王手をかけられた後、SNSでは「#神戸に帰ろう」のつぶやきが急増した。チームの合い言葉も「神戸に帰る」。27日に第6戦が行われる「ほっともっと神戸」に、熱い視線が注がれることになった。

 本来なら第1、2戦同様、京セラドーム大阪で開催されるはずが、人気グループ「AAA」のライブが入っていたための措置。ただ、前回日本一に輝いた1996年、当時「グリーンスタジアム神戸」だった球場だ。そりゃ、長年のファンの思いも盛り上がってくる。

 2003年に日本の野球場として初めて施設命名権を導入し、「ヤフーBB」「スカイマーク」を経て現在の名称になった。94年にイチローが初めて達成した200安打、96年のリーグ連覇と日本一…。天然芝が美しい球場で、いくつもの名シーンがあった。

 かつて近鉄を担当していた記者にとっては、04年9月27日のシーズン最終戦(当時ヤフーBB)が記憶に焼き付いている。近鉄とオリックス、翌年から統合される両球団が最後に顔を合わせた。試合には負けたが、梨田昌孝監督が胴上げされ、神戸の夜空を舞った。その輪には相手チームから吉井、大島ら元近鉄戦士も加わっていた。近鉄バファローズ、オリックスブルーウェーブの終わりと、新球団・オリックスバファローズの始まりの瞬間だった。何とも言えない気分でグラウンドを見つめていた。

 その後は分配ドラフト、チームの愛称、本拠地…。ファン心理からすると、様々な面で一体になれない時期が続いただろう。余談だが、記者も子供の頃は南海ホークスのファンで、応援する球団がなくなった経験がある。ストライキにまで発展した球団統合から17年。ファンだけでなく、世間の人々がオリックスの勝ち負けに一喜一憂している光景は、素直にうれしい。(記者コラム・武田泰淳)

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