勘三郎さんも嫉妬!? 「赤坂大歌舞伎」での勘九郎、七之助の奮闘と鶴瓶の男気

スポーツ報知
「赤坂大歌舞伎」の宵赤坂俄廓景色の一場面(C)松竹

 久しぶりに舞台を見て目頭が熱くなった。東京・赤坂ACTシアターで行われている「赤坂大歌舞伎」(26日・千秋楽)。中村勘九郎、七之助兄弟が出演する「廓噺(さとのうわさ)山名屋浦里」を目当てに初日(11日)に足を運んだ。

 タモリが「ブラタモリ」で吉原を訪れた際に花魁(おいらん)の史実を知り、笑福亭鶴瓶に落語化を依頼。その鶴瓶の口演を聞いた勘九郎が歌舞伎化を直談判。2016年に歌舞伎座で初演された。12年に57歳で亡くなった勘三郎さんが08年に始めた「赤坂大歌舞伎」での公演に心が躍った。

 劇場内の定式幕を目にしてジーンときた。歌舞伎座の黒色・柿色・萌葱(もえぎ)色ではなく、黒色・白色・柿色。江戸時代の中村座の配色で、勘三郎さんが平成中村座で用いた定式幕だった。また、座席番号がNー18だった。チケットを見て、ある光景を思い出した。演劇担当をしていた十数年前、歌舞伎座近くで、タクシー待ちをしていた時、ナンバー18番の外車がスーッと速度を落とし寄ってきた。何だろうと運転席を見ると、笑顔で勘三郎さんが手を振っていた。18代目にちなみ18番にしたことを後で知った。天真らんまんな笑顔を思い出し、開幕前にちょっぴりセンチになっていた。

 それでも幕が開くと、すぐさま勘九郎、七之助が気持ちを江戸時代に運んでくれた。実直で堅物過ぎる、とある藩から江戸にやってきた酒井宗十郎を勘九郎がしっかりと演じれば、吉原一の人気を誇る花魁・浦里を七之助が品良く演じる。不器用ながらどこまでも真っすぐな宗十郎と、浦里の芯の強さがにじみ出ていた。

 勘三郎さんは天国でどう思っているのだろう。勘三郎さんと鶴瓶は親交が深い。喜びながらも「俺がこれ、やりたかったんだよ」と嫉妬しているんじゃないだろうか。

 それから5日後の16日、池袋・サンシャイン劇場で笑福亭鶴瓶の独演会「笑福亭鶴瓶落語会」に足を運んだ。鶴瓶は「鶴瓶噺」として私服姿にスタンダップで、身の回りに起こったネタで爆笑を誘う。「赤坂大歌舞伎」も話題にしながら、勘九郎、七之助について語り、タモリさんとのエピソードも事細かに話した。着物に着替えて再登場すると、まくらをほとんど振らずに「山名屋浦里」を口演。5日前に見ていた歌舞伎とは違う、吉原での宗十郎と浦里がやりとりする情景がフッと頭に浮かびあがった。

 鶴瓶の語り口には、やさしさがあった。気高い浦里が秘めているやさしい心根が感じられた。最初、タモリさんが依頼した時に、鶴瓶は「江戸の落語家に頼んだら」と返事をしたというが、あえて鶴瓶に頼んだ理由が分かった気がした。

 今まで鶴瓶の「青木先生」では何度も腹がよじれるくらい笑わせてもらったが、また違う魅力を知った。笑いを求める観客を「鶴瓶噺」で納得させるとパッと切り替え「山名屋―」で江戸時代にいざない、ラストは廓噺「お直し」で締める。独演会ならではの構成にうなった。

 「赤坂大歌舞伎」の公演中に、鶴瓶が「山名屋―」を選んだのは、勘九郎、七之助へのエールなのかもしれない。そこに男気を感じた。ともに伝統芸能としてくくられる歌舞伎と落語を同じテーマで同時期に堪能できたのも幸せだった。コロナ禍の中、生で味わうエンターテインメントの素晴らしさを改めてかみしめている。(記者コラム・高柳 義人)

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